弊社の副社長に口説かれています
「大学も全然違うとこでしょ、偶然ミシェルだったりしたら、私の嘘も誤魔化せるけど」

仁王立ちで陽葵を見下ろす新奈を、陽葵はなんとか睨みつけたが迫力は全くないだろう、既に息苦しく頭は飽和状態でぼうっとしている。

「本当に、あんたって可愛げがないわ。高校卒業後の進路の相談もなく行方をくらまして、現れたと思ったら末吉の跡取りと結婚ですって? なんであんたばっかりいい思いをしてるのよ」

そんなことはない、これまでの苦労も知らず──史絵瑠に続き当てられる悪意に、陽葵は静かに涙をこぼした。

「まあ末吉の跡取りと引き合わせてくれたと思えばいっか。あとはボロボロになって死ねばいいわ」

新奈が残忍に微笑んだ、その姿に京助は青ざめる。
新奈がこんな女だったとは──結婚紹介所を通して出会った時は、あなたを支えますと穏やかな笑顔で話していた。陽葵をいい子ですね、上手にお育てになってなどと褒められ嬉しかった。人懐っこい史絵瑠にも受け入れられたと結婚を決めたのに、その全てが嘘だった、いつから嘘だったのかすら判らない。

男たちは声を上げられず泣くばかりの陽葵を散々いたぶった、なにもできない京助は暴れることで抵抗を試みるが虚しいばかりだ。

長髪の男がいよいよだと自身のベルトに手をかけた時、インターフォンが軽快な呼び出し音を響かせた。

「んもう、いいところなのにぃ」

新奈は小さく舌打ちして踵を返す、音に反応してしまうのは条件反射だろうか。

「おい、出るな」

長髪の男が止めた。

「この時間帯にいたことがバレれば面倒だ」
「あ、そっか」

納得し、浴室の中に置かれたふたつのバケツを確認した、その中を満たすのは酸素系と塩素系の洗剤である。『混ぜたら危険』の薬剤で二人を殺害しようというのだ。

「んもう、とっととやっちゃいなさいよ」

義理の娘が暴行される様を楽しんでいた。上衣は捲られ胸が露になっている、下肢も既に一糸まとわぬ姿だ。肉付きがいい史絵瑠と違い、痩せた陽葵は幼児と変わらないと内心嘲笑っていた。

「せいぜい、最後は私の役に立ちなさいね」

男たちを楽しませるのも報酬のひとつだと思った。金銭は別に用意してある、それは京助にかけられた多額の保険金だ。適当に陽葵は生命保険会社に入ったと告げたが、ラッキーだったと思ったのは陽葵のためだと言って京助に高額の保険金をかけられたことだ。京助が死ねば2億円もの大金が一度に手に入る──保険会社の担当者は当然陽葵ではなかったがそれすら京助が気にしないことはありがたかった、本当に容易い男だと嘲てしまう。契約は万が一のためだったが、今は早くいなくなればいいと思う。早くしろ、そう思った時、リビングで窓ガラスが割れる音がした。

「やだぁ、空き巣? さっきのでいたかどうか確かめられたのかしら?」
「さあな」

長髪の男が応えた時、声が聞こえた。

「陽葵!」

尚登だ、陽葵の目から熱い涙が零れ落ちる。

「何処だ!」

尚登の問いにここだと声を上げたが唇しか動かなかった、バタバタと足音が近づくのを聞いて長髪の男は立ち上がる。

「え、アニキがやらないなら、俺が先にやっちまうよぉ?」

小太りな男が陽葵の乳房を思い切り掴みながら、いやらしい声で聞いた。

「10秒待ってろ」

腕に覚えがある男は笑顔で告げ出入口に向かう。廊下に出た瞬間だった、その体がぐらついた、顔に蹴りが入ったのだ。

「……てめえ……」

男はドアの桟を掴み体を支え呻く、鋭い視線は闘志を失っていない。だが男が体勢を整える前に拳がその頬を捉える、その拳の持ち主こそ尚登だ。十分に体重が乗ったそれに男は再度よろめく。

「きゃあ!」

新奈の悲鳴が響いた。

「尚登くん!」

陽葵は叫んだつもりだったが完全にかすれていた、それでも尚登は陽葵を見つけ余裕たっぷりに微笑む。勘が当たったことに安堵した、だが辱めを受ける姿を見てぎりと奥歯を噛み締めた時、長髪の男がなおも闘志をもって反撃することに気づき、すぐさまファイティングポーズで迎え撃った。男の一撃を避けその顎に掌底を見舞えば脳に響く一撃によろめいた男のみぞおちに今度は膝蹴りを叩きこむ。体を折る男の背にさらに肘鉄を打ち込めば男は完全に失神し廊下に音を立てて倒れた。

慣れた動きを陽葵は見入ってしまった。ボクシングをやっていたのだろうか、膝蹴りまで食らわすならばキックボクシングやムエタイなどの格闘技を──そんな思考が、小太りの男に背後を取られたことで停止する。

「そこまでだ、小僧―!」

男は意気揚々と声を張り上げた、声に反応し尚登はぎろりと睨みつける、陽葵ですらぞっとする迫力があった。

「この女のカレシか? 単身助けに来たのか、いいねえ、泣けるねえ。大したもんだがこの女はもう俺たちが」
「その子から手を離せ」

男の口上も聞かずに尚登は言う、しかも歩みを進めながらだ。

「近づくんじゃねえよ! この女がどうなってもいいのか!」

陽葵を抱える男の手に力が入ったのが判る、その時喉に冷たさと痛みが走った、男が持つバタフライナイフがかすかに肌を傷つけたのだ。ただでさえ全身が硬直して動けないが、さらに凍り付いた──呼吸が止まりそうになる。

「離せって言ってんだろうが」

低い声で恫喝した、陽葵の青ざめた様子からも尚登は焦燥に駆られる、陽葵の接触恐怖症は改善したわけではない。

「てめえこそこっち来んな!」

小太りな男は長髪の男ほど肝は据わっていない、わめくように怒鳴り陽葵を放り出すと、なおも近づく尚登に闇雲につっかかった。

陽葵は最悪の事態を想定した、距離と角度からナイフは下腹あたりに刺さりそうだ、尚登の反射神経がよくて避けることができても傷つけることくらいはできるのでは──とにかく逃げてと念じた、何もできない自分がもどかしい、助けられるばかりで情けない──小太りな男の背が止まったのが見えた、尚登の顔が苦痛に歪むのが見たくないと目を反らそうとしたが、男ががくんと膝を折るほうが先だった。
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