茜空を抱いて



玄関のドアを開けた途端、ぶわっと押し寄せた春風。
私は思わず目を瞑る。家の中とはまるで別世界のように、暖かい。

一瞬その風を感じてから瞼を開くと、目の前に広がった景色に思わず声が漏れた。



「………うわ、夕日、」



私の視界を満たす茜色、遠くに沈みかけの太陽は感動的なほど輝く。
それはまるで、街をまるごと溶かしてしまいそうなほど燦々と、ただただ眩しくて。



私は唐突に、その夕日に魅せられた。
それをなぜか、もっとよく見たいと思った。



自分の部屋のある2階から、バタバタと上り始めた外階段。
何かに突き動かされるかのように、最上階の5階まで一気に駆け上がる。



たどり着いた最後の踊り場、子どもっぽいけど、息を切らして見下ろした新しい街。



『………わー、すご、』



思わずそう呟いてしまうくらい。
夕日が、見える建物全部をオレンジに染め上げ、見たこともないほど明るく、まるで街が燃えているみたいだった。



「………ね、すごいですよね。ここの夕日」

『……は、え?』



その時、急に後ろから聞こえた声。
誰もいないはずの場所を慌てて振り返ると、屋上に続く階段の最上段に、眼鏡をかけたひとりの青年が座り込んでいた。



最悪、超間抜けなとこ見られた。
……てかこの人何してんの、こんなとこで。



抱いたのは、羞恥心と疑念。
私はその人を、圧力のある視線できつく睨みつける。
彼が驚いたように少し姿勢を正す。私はさっさと向きを変え、今度は階段を急いで駆け降りた。



誰かに素の自分を見せるのは、嫌いだから。



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