茜空を抱いて
***



母親との喧嘩も随分と減り、親しい友人と遊びに行くことも増えてきた秋。
いつも一緒に授業を受けている同じ学部の男の子から、電話がかかってきた。



『もしもし』

「あ、愛珠?ごめん今時間ある?」

『うん、大丈夫』



部屋の時計を確認する、夜7時前。
レースのカーテンの奥で、綺麗に染まった茜空が輝いていた。



「そか、よかった。あのさ、俺愛珠に言いたいことがあって」

『言いたいこと?』



無意識に窓辺に座り込む。
レースの隙間からふわりと風が吹き込む。

私の瞳に、眩しく茜が反射した。



「………うん、俺愛珠のことが好き、なんだよね」



そして唐突に訪れた告白は、私の思考回路を停止させる。


………好き。好きって、私を?
今まで、一度だってそんな風に言ってもらえたことはなかった。
だけどあまりに突然で、すぐに反応できず訪れた沈黙。



「………え、愛珠?聞こえてる?」

『あ、うん、聞こえてる。ちょっとびっくりして、』

「ん〜そっか。俺結構アピールしてたつもりだったんだけど、ね」



………これ、ほんとの「好き」だ。

彼の震える声、静かな呼吸。それから伝わる、この告白への熱情。
急速に、全身が熱くなる。
気が付かなかった、そんな大事な気持ちを、彼がずっと隠し持っていたなんて。



「………俺と、付き合ってもらえたりしない?」



一呼吸おいて、はっきりと耳に届いた声が、私の鼓膜を優しく揺らす。
カーテンを握り締めた指先に力が入る。
まっすぐに見上げた空は、まだ茜色。



″俺は好きだよ、アミと話すの″



記憶の奥底、冷たくて暗い場所から、ユウの声が聴こえた。
目を閉じる、大きく鼻から息を吸う。



まだ、覚えてる。
優しい眼差しも、細いけど頼もしい背中も。
やっとの想いで抱きしめた、その温度も。



『………ごめん、それはできない』



いつかのユウと、まったく同じ台詞。
結局私は、前に進めていたようで、いつまでもあなたとの記憶を追いかけていた。



「………そうだよな、わかってた」

『ごめんね。でも、友達でいてほしい』

「うん、頑張ってみるわ」



無理して明るい声を出してみせる彼は、あの頃の私みたいだ。
急に押し寄せた記憶の波に、攫われそうになる。
視界が歪む、夕日に染まった部屋の片隅で目を閉じる。



『………ありがとう、これからもよろしくね』



私ね、ありがとうって言えるようになったよ。
あなたにも言いたかったよ、まだ言いたいよ。


うん、と涙声で頷く機械越しの彼。
わかるから、その気持ちがわかるから胸が張り裂けそうで。



いつのまにか切れていた通話、ぽとりと落としたスマートフォン。
まだずっと、ユウに会いたい。


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