とある蛇の話
救い 理央
*
「有馬が逃げたってよー。あいつホモだから学校来なくてもいいんだけど。くたばってくんねーかな」
そんな悪逆非道のクラスメイトの愚痴を、俺は聞き捨てならなかった。
「ちょっと、急用思い出したから、また後でな」
メイド喫茶とやらの準備で忙しい女子達の相手を無視して、すぐさま有馬を探し出そうともがいた。
廊下に差しかかった頃。
要領よく作業を終わらせた、敬斗を見かけた。
その先にいたのは、無我夢中で駆け出す有馬がいた。
「ちょっと待て!!有馬!!」
その声は空を浮き、俺の言葉はあいつに届くことはなかった。
その様子からだと、何かに怯えて動揺しているようにも見える。
「やめときなよ。理央」
駆け出そうとする俺に向かって、敬斗は肩を叩いて止めた。
「そんな事言われても……見捨てるわけにはいかねぇーだろ」
「随分と臭いことをするようになったもんだね。前は弟を引き離す事に精一杯だったくせに」
その言い草から、何処か臭う。
「ーーーまた、何かしたのか?」
「ちょっと、細工を加えてあげただけだよ」
その眼光の目つきは鋭い。
「何したんだよ!!」
「クラスのリーダーと話をつけて、アイツを潰してって、頼んだだけ」
「恐喝じゃねぇーか!!お前……どうしてそこまで……」
「奇遇だね。世の中ってのは、あまりに出過ぎた個性は、集団の輪を崩すんだよ。だってそうだろ?集団で行動しなければ、人は生きていけない。人は一人では生きていけない。そうだろ?それに、お前だって、偉そうなことを言えないだろ?陥れようとしたくせに」
ぐうの音も出ない正論をぶつけられてしまい、言葉にならなかった。
そうだ。
元々始めた物語は、俺だった。
弟を見ず知らずの人間から、助けようとして、奪い取ろうとして敬斗の言葉を飲んだ俺の責任でもある。
「でも、だからって……こんなのよくない」
「出過ぎた人間に、世の中の世知辛さを教えることが?」
「人間ってのは、みんな一緒じゃない……そうだ、そうだよ」
俺は改めて敬斗と向き合う。
「確かに、似てることがあるから仲間になったり、力を合わせて何かをするって事が人間には、あるのかもしれない。だけど、その理由は、人によって違うし、頑張り方だって輝き方が全員一緒って訳でもないだろ?そこを、協調性が無いとかで片付けたらいけないんだ!!」
今まで、敬斗にこんなには向かったことは無かった。
今思えば、敬斗に利用されて毎日を意味もなく過ごしていた透明人間だったのかもしれない。
弟というアイデンティティを名乗って、何も考えない他人の事なんて、どうだっていいなんて考えていた、底辺の人間。
だけども、俺だって一人の人間で好きな人もいれば、嫌いな人間もいる。
合わない授業や、好きな授業、考え方ーーー全て。
それは、有馬だってそうだし周りにいる人全てそうだ。
唯一無二の人間なんて、いないんだ。
「それぞれの個性を理解して、助け合って社会はこの世は成り立ってる。そこを履き違えて、攻撃するようになったら、人間として終わりだと思う。俺はそんな事許されることではないと思うし、許せない」
轟々と燃える俺の内側から発された言葉は、こいつの胸に届いているのだろうか?
一瞬驚いたような顔をしたが、コイツは鼻で笑って「バカじゃねぇーの」と一喝した。
「そんなもの、綺麗事であり戯言だ。そんなものが事実なんだとしたら、とっくの昔に平和になって、生きやすくなってんだよ。バカか?」
すたこらと有馬の反対方向へ向かい出す、敬斗。
これはもう、絶交を意味するのだろうか。
ーー俺ももう、アイツと関わるのをやめたほうがいいのかもしれない。
やっとの思いで、そんなふうに立ち直ることができたのはやはり有馬のおかげかも知れない。