とある蛇の話
僕は夜道を歩いていた。
もう二度と、あの家には戻らない。
そう誓った瞬間、家を飛び出していた。
もうなんだか、どうでもよくなってしまったのだ。
報われなかったからじゃなく、本当に好きな人に嫌われてしまったから。
理央くんに嫌われた世界なんて、僕は生きて行けるわけない。
総直感的に、勘付いてしまった。
後ろのロロが、心配そうに覗き込んだ。
「でも………初恋は実らないからね……」
「あの……一応、誰のせいだと思ってるの?」
「でも、事実じゃないか。そうやって近づいたの」
それを言われてしまえば、言葉が詰まる。
「でも……もう、どうだっていいや。もうあそこに行きたい」
「どこへゆくんだい?」
「最初に転生した、海に戻るんだよ」
「まさか………」
「そのまさかだね」
そのまま、海に入って僕の身体全身は鱗だらけになるだろう。
暫く水に入って、見過ごしていたら体の形は完全な蛇と化す。
そして、僕は元々の蛇に戻ってーーー。
「「死」を選ぶんだね?」
「そう、もういいんだ。どうでも」
「まさか………まさか、こんな結末になってしまうとは」
「止めないの?」
「あくまで、神は手助けする存在でなければならないからね……止めようにも駄目だね」
「なんだおかしいな……変なの」
潮風が吹いてきた。
もうすぐ海が近い。
砂浜に立ち入るけれど、ちょっとだけ足がすくんだ。
「やはり、怖いのかい?」
「わかんない……」
僕は近くまで近づいた海の縁に、足を入れる。
いつの間にか、ロロの姿は居ない。
「もう……どうでもいい……。君のいない世界なんて、僕はーー生きてゆけない。それだけ僕は、君のことが好きだった。でも、きっと君は、僕の事を一生嫌うだろうって思うんだ……」
我ながら、どうしてか、涙が止まらなかった。
それは自分自身に対してか、理央くんに対してかわからない。
でも、僕の心が限界だった。
息を止める。
水が僕の身体を、包む。
全身が鱗につつまれ、苦しい。
ーーーだめ………!!
声が聞こえる。
その声は誰?
ゆっくりと真冬の海に体温を吸い取られた、矢先にそれは起こる。
「駄目だよ!!有馬兄ちゃん!!」
その声がはっきり聞こえた瞬間、僕は地上から引き上げられたのだ。
世界が暗転。
眩しい朝日が、僕の瞳を刺す。
水浸しになった姿で、砂浜に寝転んだ。
声がした隣を見る。
そこにいたのは、遥くんだった。
*
「馬鹿なことをしたもんだ……どうして今まで黙っていたかと思えば……」
付き添いの敬斗くんも来ていたみたいで、なんだかとっても気まずい……。
僕は直ぐ様、遥くんが持ってきたスーツに着替えて事なきことを得る。
(もちろん岩場に隠れて着替えさせられたんだけど、これがめちゃくちゃ身体をみられることになって、敬斗くんにドン引きされたけど)
「でも……どうして、敬斗くんがいるの?それに、古来から天界に住んでいた蛇だって飲み込めるのは、何でなの?」
「前々から、理央がお前の情報をよこすようになった時に、推測していくと「そういう物がいる」としか考えられなくなるくらい、事情がおかしかったからだ。あと、何でついてきてるのかって質問には、理央が連絡したんだよ。弟と共に行ってこいってな」
「………そう……だったんだね。でも、どうしてこの場所が分かったの?」
「有馬兄ちゃんは気づいていないかもしれないけれど、変な妖怪に出くわすって有名な海辺だからーーーもしかしたら、そこにいるかもって直感できただけ」
「………なんかごめんなさい」
「ほんとだな。迷惑だ」
「敬斗兄さん!!もっとお手柔らかに言ってあげてよ!!」
「事実だろ?」
「というか、あの……二人はどうやってそんなに仲良くなったの?」
「え……?初対面だよ?」
「そうだな……こいつとは、初めて話す」
「意気合いすぎっていうか………」
言葉を紡ごうとしたが、僕はそこで黙り込んだ。
うん……これは、僕を気遣って明るく二人は振る舞っているって感じたから。
なんとなく、そんな気がした。
「それで……有馬お兄ちゃん……一体何があったの?」
「理央くんに振られた。そして、嫌われちゃったんだ………」
僕は事の経緯を、二人に話す。
「それは……お前が悪いだろ!!」
やっぱりそう返ってくるよね………。
「ちょっと!!敬斗兄さんは黙ってて!!」
「でも……僕はもう、天界には帰らずそのまま自然消滅するつもりなんだ」
「まぁ、当然の報いなんじゃないのか?お前が、理央や遥のことを追い詰めたもんだからな」
それを言われると、耳が痛い……だからこそ、そうやって償いたい。
僕のいない世界で、記憶がとどまらない世界で幸せに生きてほしいってのが僕の願い。
嫌いな僕を忘れてね。
僕が悪いからこそ、忘れて欲しい。
「………でも、有馬兄ちゃんが敬斗兄ちゃんとの仲を取り繕ってくれた時には、楽しそうに笑ってて、嬉しそうだったよ?」
「嬉しそう………?どうゆうことなの?」
「子どものような、純粋な笑みを浮かべて、笑ってた………。それだけは言えるよ?」
僕は言われたことが、よくわからなかった。
どうして、理央くんがそんなに素直になるんだろう……?