愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~



ホテルのスタッフに笑顔で見送られ、レンのタクシーで行くの一言でシェーンブルン宮殿前に到着した。
開かれた門の前には人だかり。
ここからなら横に長細い、シェーンブルン宮殿の全体像が撮れるからだろう。

『シェーンブルン宮殿』
ハプスブルク家の夏の離宮として作られた。
上品な黄色の宮殿で、マリア・テレジアイエローなどとも呼ばれている。
真ん中に少し高さのある作りでバルコニーがあり、左右対称に窓が並ぶ。
宮殿前の両サイドには美しい花々が植えられ、バックの宮殿がなんとも絵になる。

「レン待って!写真を撮りたいの」

あわあわとスマホを鞄から取り出す私を、レンは黙って側にいてくれた。
レンは今日もサングラスをしていて、薄いVネックのインナーに薄手の黒のジャケット。パンツも黒で合わせていて、これまた細身の長い足が嫌というほどわかる。
だがジャケットのせいか、広い肩幅がしっかりとわかり、以外とがっちりとしていそうなスタイルに思えた。
私は動きやすさ重視のラインナップを旅行には持ってきたため、ピンクのパーカーにジーンズとスニーカー。
こんな格好いい男性と歩くことも、最高級のホテルに行くことも予想していなかったので申し訳なく思える。

「ごめんね」

歩きながら思わず呟くと、レンがこちらを見る。

「何だ、急に」
「だってレンの服装とか格好いいし、ホテルも最高級なのに、私の服装が凄くカジュアルで申し訳ないです」
「別に問題ないだろう。
あぁ、だから最初余計に子供に見えたのかも知れないが」
「ですよねー!」

恥ずかしい!と顔を両手で覆うとまた軽く笑う声がする。

「ドレスコードがある場所に行くわけじゃ無し、気にするな」
「やはりインペリアルホテルとかならあるよね」
「そうだな、流石にあのホテルだとそういうのを楽しむのも一つだから、着飾る人は多い」
「私じゃレストランは絶対に入れないし、そもそも入れる自信も無い」
「ホテルの味を楽しみたければルームサービスもあるし、朝食もいいぞ。
朝からシャンパンにインペリアルトルテまである」
「本当?!最高すぎるじゃない!」
「ほんと、楓はわかりやすいな」

両手を握りしめ食事の素晴らしさを想像していたら、笑い声を含んだようにレンは言う。
レンの周りには美しい女性ばかり、それも上品な人ばかりがいそうだ。
そういう人ばかりが当然だから、私のようなのは珍獣のようで面白いのかも知れない。
なるほど、またレンが私に構う理由に納得出来た気がした。


ここでもレンが問答無用でチケットを買ってくれ、お礼を言い早速宮殿内を見学する。
コースは一方通行。
その場に書かれている説明表示はドイツ語と英語のみ。
日本語のオーディオガイドもあったが、前回使ってその間レンと話せないというか待たせているのが申し訳なく、今回はレンタルを止めた。
いぶかしがるレンには、ガイドブックに沢山説明があるからと言って納得して貰った。

「ここが鏡の間・・・・・・」

あまりの大きさに呆然とする。
長細い広間は片面に窓、反対側は豪華な装飾にかたどられた鏡が並ぶ。
天井はドームのようになっていて、美しい絵画が空一杯に広がるように描かれていた。
シャンデリアは驚くほどに大きなものが吊り下げられ、これは夜になればどんな雰囲気なのだろうかと想像をかき立てられる。

人が奥の絵画の前に多く集まっているのをみて、例の絵と気付き私は小走りになる。

「急ぐなよ」
「だってあれでしょ?!モーツァルトがピアノを弾いている絵は」

柵の前に来て見ると、巨大な絵画には多くの人々が描かれている。
絵の下の方にいるのはピアノを弾く少年。
近くにはドレスを着た少女がいる。

「あれがモーツァルトで、あの少女がマリーアントワネットだね。
凄いなぁ、この広間であの有名な二人が幼い頃に出逢っていたなんて」

私が感動を抑えつつ小声で言うと、レンは口角を上げた。

「夢を壊して悪いが、モーツァルトがピアノを披露した時、マリーアントワネットはいなかったとも言われている」

え、と私が驚くと、

「この当時の絵というのは画家が好きにかける訳じゃ無い。
必ずパトロンがいるし、オーダー主の希望がある。
これは有名な二人を一緒に描いておけば、より人目を引くという計算があったからだろう。
芸術というのは得てして打算というのが入るものだ」

真っ直ぐに絵を見るレンの横顔は、サングラスをしているので余計にわかりにくい。
声は平坦。
ただ説明しているというようには、何となく受け止められなかった。

「そっか。
でもこうやって後世の人達もワクワクして観ているんだし、そういうプロデュースのおかげでこの絵はずっと守られているのだから、画家もそこまで不満を抱いていない気もするな」

レンがこちらを向いた。
サングラスをしているから目はわからないけれど、じっと見られるのは居心地が悪い。

「ごめん、偉そうなこと言ったね」

そう言えば昨夜、レンは音楽関係の仕事をしていると言っていた。
だから何も知らない人間が偉そうなことを言ったことに、気分を害したのかも知れない。

頭に手が乗り、ぐりぐりと撫でられた。

「やめてよ」
「楓は面白いヤツだ」
「褒めてないよね?」

くしゃくしゃになった髪を整えながら不満を言う。
こうやって子供扱いされているのは複雑だ。
だからこそ、私の全てを大目に見てくれているのかも知れない。
同じ部屋に泊まらせても大丈夫だと思うほどに。
しかしレンは何の仕事をしているのだろう。
私の言葉が嫌な気分にさせていなければ良いのだけれど。

ゆっくり宮殿内を見学し、外に出る。
宮殿の後ろには広大な庭園が広がっているのを見学途中の窓から見て、私は絶対にあちらも見ようとレンに言っていた。
レンは苦笑いして私の手を当然のように繋ぎ、歩いている。
他の人から私達はどう見えているのだろう。
絶対に彼氏彼女とは見られない無いのだろうと、私は気付かれないように息を吐いた。

宮殿の正面から後ろに回り、広がるのは美しく整備された庭園。
赤や白の花々がきっちりとデザインされ、私は夢中で写真を撮る。

「せっかくだしグロリエッテに行くか?」
「グロリエッテ?」

レンが指を指した先には庭園のなだらかな丘の上に、これまた小さな宮殿というか左右対称の大きな門にも見える美しい建物がある。

「あそこの中にはカフェがあって、庭園と宮殿が見渡せるぞ?」
「行きたい!!」

速攻で答えれば、わかったとレンは口元を緩めた。

二人で手を繋ぎ、広い庭園をグロリエッテに向かい歩く。
私が宮殿の素晴らしさやウィーンの話をしていても、レンは面倒がらずに聞いてくれる。
おそらくここで私がレンの事をきいてもはぐらかされるのだろう。
あまり聞いて、もうここで解散にしようなどと言われては悲しい。
それだけ、私の中で彼と離れたくない気持ちが膨らんでいた。

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