愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~


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レンの記事を載せた最新号が発売されて数日後。
会社に行くと、編集長の安斉さんの机の周りに谷本さんなど編集部の人達が集まっていて私は何事かと駆け寄った。

「どうしたんですか?」

一斉に皆が私を見て、ビクリとする。
安斉さんが口を開いた。

「最新号、書店から追加の注文が殺到してるんだ。
うちの雑誌を取り扱ってなかったところからもかなりの数が入ってる。
急遽増刷決定だ」

レンの記事を掲載した号のことだ。
だが発売されたのは数日以上前。
レンを取り上げた他の雑誌が軒並み売れている中でINFINITYが売り上げ最下位だったことに、私は編集部で頭を下げたばかり。
だけど皆は気にする必要も無い、むしろ良い記事だったと褒めてくれた。
頭を下げた私だって、谷本さんの記事も池田さんの写真も私にはとても真摯で素晴らしい物だと思った。
レン自身も見てくれたらしく良い記事だねと褒めてくれたことを、どれだけ皆に伝えたかったか。
そんなことをすることも出来ず歯がゆい思いでいたら、突然の増刷決定。
一体何があったのだろう。

「訳分からないのも当然よ。
私もさっき知ったんだし。
実はね」

谷本さんが事の顛末を話し始めた。

昨日とある音楽関係者の書いたSNSが、一気に拡散されたことによる影響だそうだ。
そのSNSには『唯一ピアニストとして彼を扱ったのはINFINITYだけ』『聞きたいのは、知りたいのは好みの異性なんかじゃない』『彼がとても音楽を愛していることが伝わってきた』などと書いてあったらしい。
それに音楽関係の知り合い達が賛同し、一気に拡散した。
『インタビューされるならINFINITYが良い』などという書き込みもあったそうで、音楽関係者が絶賛しているのなら自分も読みたい、ということから書店に問い合わせが殺到したそうだ。
だが今回レンを取り上げるからといって、刷った数はいつも通り。
あっという間に売り切れ、読者は何冊も欲しいという希望も多いらしく、うちの営業部は大わらわ。

「営業部はSNSをチェックしていたらしいからもしやと思っていたみたい。
忙しいのに迷惑ですとか言いながらも、嬉しそうにさっき出てったわ」

楽しげに笑う谷本さんだが、編集部の人達が興奮しているのはしっかりわかった。

「お手柄ね、篠崎さん」
「いいえ、そもそも無謀な許可をしてくれた安斉さんやあれだけの記事にした谷本さん達編集部皆様のおかげです。
そして、拡散元の自称音楽家の人とかにも菓子折り持ってお礼に行きたいくらいです」

私の最後の言葉に皆が笑う。

ちゃんと届いて欲しい人には届いていた。
そしてそれが気になってレンをもっと知ってくれる人が増えたら嬉しい。
あの氷の貴公子と呼ばれるレンは、とても温かい心とピアノと音楽を愛している人なのだと。

少しだけ、私なりにレンへお返しが出来たような気持ちになった。


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