魔界の王子様は、可愛いものがお好き!

「あの、俺は別に、大したことは」

「そうかそうか、お化け屋敷に入るくらい朝飯前だよな~颯斗にとっては」

「って、違──」

 ドン!

「きゃッ!」

 力強く言い返そうとしたとき、後ろを通りかかった誰かとぶつかった。

 小さな悲鳴が聞こえて、びっくりして振り向けば、髪の長い女の子が尻もちをついていた。

 紺色のTシャツと、カーキ色のショートパンツ。長い前髪で顔を隠した女の子の名前は『花村 |彩芽(あやめ)』さん。

「あ、ごめん、花村さん」

 あわてて手を差し出して、引き起こそうとした。だけど

「威世君が、謝ることないよ~」

 それを、女子に止められた。

「え?」

「だって、花村さん、影が薄すぎるんだもん。いきなり後ろ通ったら、気づかないよ」

「花村、マジで幽霊みたいだもんな~」

 すると、本気か冗談か、クラス中が口々に、幽霊、幽霊と言い出した。

 花村さんは、四年生の時に転校してきた女の子だった。

 地味で、暗くて、声も小さくて、それでついたあだ名が「幽霊」

 気配がなくて、いつも一人でいるうえに、何を考えているか分からない。

 だから、今となっては、誰も話しかけないし、クラス中が無視するような空気になっていて、そして、それを

「威世くん……ごめんね」

 もう、花村さんじたいが受け入れてる。

(っ……俺が、ぶつかったのに)

 あやまるのは、俺の方なのに、逆にあやまられて、引き起こすどころか、勝手に立ち上がった花村さん。

 その後、クラスに空気は、あっという間になかったことになって、花村さんは自分の席に歩いて行った。

< 34 / 100 >

この作品をシェア

pagetop