魔界の王子様は、可愛いものがお好き!

教室に潜む悪魔



「颯斗! 校庭いこうぜ!」

 その後、学校にいった俺は、午前中の授業を終えて、給食を食べ終わったころ、数人の友達が声をかけられていた。

 見れば、男子のほかにも女子が3人いて、そういえば、みんなでサッカーしようって言われてたっけ?

 俺は、そう思うと、窓ぎわで本を読んでいる花村さんを見つめた。

(……花村さん、今日も一人なんだ)

 今日も誰とも話さず、ひとりぼっちの花村さん。それを見て、俺は、あの日、アランが言った言葉を思い出した。

 ──この世界には、魔物がいる。

 どこにでもいて、誰にもみえなくて、だけど確実に誰かの心を弱らせて行く、空気という魔物。

 この教室にも、いるんだと思った。

 花村さんが何も言わないから、みんな幽霊なんていって無視してる。

 でも、いないものとして扱われるなんて、俺だったら絶対、嫌だ。だけど、そんなの、みんな分かってるはずなのに、誰も何も言わない。

 みんなが無視するから、自分も無視する。

 いつからか、そんな空気が、この教室には充満していて、そして、その空気に、俺だけじゃなく、花村さんものまれてる。

(……どうしよう)

 声をかけるか迷った。

 俺が、ほんの少し勇気を出せば、この空気を変えられるかもしれない。

 だけど、そのほんの少しが、すごく難しい。
 
 でも、この前、花村さんは、前髪を上げたいってた。本当は、友達だって欲しいんじゃないかとおもった。

 先生は、花村さん自体が変わらないといけないって言ってたけど、こんな空気の中で、自分一人だけで変われる人って、どのくらいいるんだろう。

 俺だって、皆から笑われて、好きな物を隠すようになった。

 変える勇気なんて持てなかった。

 だから、空気を合わせて、みんなと同じように生きないと、ひとりぼっちになると思っていた。

 でも、そんな俺の世界を──アランが変えてくれた。

「花村さん!」

 教室の中央から、花村さんに向かって声をかければ、俺の声を合図に教室中が静まり返った。

 男子も女子も、みんな固まって、視線が、俺に集中する。

 あぁ、空気を変えるって、こんなにドキドキするんだ。

 失敗したら、どうなるんだろう。
 先のことはよく分からなかった。

 でも、誰かが誰かを無視するようなこんな空気、変えてしまった方が絶対いい。

「花村さんも、俺達と一緒にサッカーしない!」

 続けてそういえば、その場にいた全員が驚いて、ぽかんとして、その後、息を吹き返したように、俺を責め始めた。

「ちょ、颯斗、おまえ何言ってるんだよ!?」

「そうだよ! 花村さん、今、本読んでるでし。それに、サッカーなんてするわけないよ!」

 みんなが口々に、俺に反論する。
 まるで、おかしいとでも言うように。

 でも、ここで引いたら、きっと空気は変えられない。

 俺、わかったんだ。この前、アランと一緒にクレープを食べた時に。

 世界を変えるのに必要なのは、ほんのちょっとの勇気と、この世界に潜む魔物(空気)を、味方につけることなんだって!

「サッカーしないなんて、決めつけるなよ! 実は、花村さん、サッカー好きなんだって!」

「え? そうなの!?」

「うん! それに、今は女子が3人しかいないし、2チームに分かれるなら、女子が4人になった方が、バランスが良いだろ!」

「た、確かに、そうだけど」

 みんな困惑していだけど、それでも笑顔で答えた。

 だけど、一番困惑しているのは、花村さんみたいだった。本を開いたまま、俺の方を見て、びっくりしてる。

 どうしよう。迷惑だったかな?

 でも、そんな俺の言葉を聞いて、今度は()っちゃんが、花村さんに声をかけた。

「花村、本当にサッカー好きなの?」

 俺に向いていた視線は、一気に花村さんに向かった。すると、花村さんは

「あ、うん……好き!」

 遠慮がちに、だけどハッキリそう言った花村さんを見て、みんなの表情が変わったのがわかった。

「マジか! 本当に好きなの!?」

「う、うん。実は弟がいて、よく一緒にやってるの」

「うそ、意外~! てか、花村さん弟いるの! 何年生?」

「に、二年生」

「うちの弟と一緒じゃん! 知らなかったー!」

 空気が、変わったのが分かった。

 そこにはもう、花村さんを無視するような空気は、全くなくなっていた。

 ──世界を変えるのは、たった一人の勇気から始まる。

 アランの言葉は本当だった。

 俺のほんの少しの勇気が、勝っちゃんに伝わって、花村さんに届いて、クラス全体の空気を変えてくれた。

「颯斗、いくぞー」
「おぅ!」

 その後は、花村さんも一緒に校庭に行って、みんなでサッカーをした。

 ついたら、すぐにチームわけがはじまったけど、いつも一人だった花村さんが、俺たちと一緒に遊ぶ姿を見て、なんだか凄くうれしくなった。

 世界を変えるなんて、ずっと無理だと思ってた。

 だって、俺の世界は『赤いランドセルが欲しい』と言っただけで、あっという間に悪い方に変わってしまったから。

 だから、これ以上、悪くならないように、普通でいようと、空気を合わせていた。

 だけど、世界は悪い方にだけじゃなく、良い方にも変えられるんだ。

 今みたいに──

 そう思うと、俺の世界も、いつ変えられるかもしれないと思った。

 いつか、この『秘密』をうちあけても、胸を張って生きれる日が、来るかもしれないって──

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