魔界の王子様は、可愛いものがお好き!

友達の大切なもの


 その後、屋敷の玄関先で、シャルロッテさんたちに黒い紙を貼った俺は、ずっと謝りつづけていた。

「ッ……ごめん……ごめ、ん……っ」

 花村さんが魔族に捕まった。

 返してほしかったら、この二人と壊せと言われた。

 黒い紙を貼れば、二人は人形に戻る。そうすれば、子供の力でも壊せるだろうからと。

(壊す? 俺が……っ)

 嫌だ、壊したくない。

 瞳からは涙がぽたぽた溢れ出して、シャルロッテさんのドレスの上に落ちた。

 涙が止まらない。
 壊したくない。

 でも、壊さなきゃ、花村さんが──

「ハヤト?」

「……!」

 瞬間、名前を呼ばれて肩がビクリとはねた。  

 顔を上げれば、そこには──アランがいた。

「……何してるの?」

「っ……」

 目が合った瞬間、青ざめる。

 どうしよう。だけど、アランは俺の前で動かなくなっている二人を見つけると、すぐさま俺の側に駆けよってきた。

 不安そうに二人を拾い上げたアランは、さっき俺が貼り付けた黒い紙をはがそうと、手を触れる。だけど

 ──バチ!!

「……いッ!」

 それは、また鋭い音を立てて、アランの手を弾いた。

 そして、俺はそれをみて、愕然(がくぜん)とする。

「あ……」

 取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。

 きっと、この黒い紙には、何か特別な魔法がかかっていて、そして、その魔法は

 アランでも──とけない。

「あ、ごめん……ごめん、アラン……っ」

 黒い紙を見つめたまま、何度とあやまった。

 涙は止まらなくなって、苦しさと申し訳なさで、胸がいっぱいになって。

 俺は、なんてことをしてしまったんだろう。
 アランの大事な家族に──

「ごめん……ッ」

「…………」

 だけど、泣いている俺を、アランはいっさい責めず、その後、服の中から本型のネックレスを取り出したアランは、それを魔導書に変えて、俺の(ひたい)に手をかざした。

「ごめん……ちょっとだけ、記憶を見せてね?」

 そういって、赤の書の呪文を唱えると、俺を中心に赤い魔法陣が現れた。

 ほんの数秒、俺の中に、花村さんがさらわれた時の記憶がうつしだされる。

「……そっか、人質……ごめん、僕のせいで」

 魔法陣の光がきえると、俺が泣いている理由を察して、アランが申し訳なさそうに呟いた。

 アランは悪くない。悪くなのに……

 だけど、それからしばらくして、アランは優しく笑うと

「大丈夫だよ、ハヤト。君のお友達は、僕が必ず人間界に戻してあげるから」

 そう言って、俺の前から立ち上がった。

「え? 戻すって……どうやって……」

「お父様の目的は、僕を魔界に連れ戻すことだからね。僕が帰ればすむ話だよ。帰ったら、あの女の子を人間界に帰すように話してみる」

「…………」

 その言葉に、困惑する。
 花村さんは助けたい。

 でも、それじゃぁ……

「ダメだ!」

 思わず、声を張り上げて、俺は立ち上がった。

「ダメだ、そんなの! それじゃぁ、アランが犠牲になるようなものだろ!」

「犠牲になるなんて、思わなくていいよ。家出少年が家に変えるだけのことだよ」

「でも、嫌だったんだろ! 魔界の生活が!」

 辛かったって、アランは言っていた。
 それに帰ったら、アランはどうなる?

 魔王にシャルロッテさんたちを壊されて、今度は一人で、その辛い生活をしていかないといけないんじゃないのか?

 それなのに、そんな辛い場所に、アランは今、俺のために帰ろうとしてる。

「ダメだ、絶対!」

「じゃぁ、どうしろっていうの? 魔王相手に喧嘩でもふっかける気? 言っとくけど勝てる相手じゃないよ」

「ッだからって、なんで、簡単に受け入れるんだよ!」

「受け入れるよ。僕は、変えられなかったから」

「……え?」

「ハヤト、世界は変えられるよ。それは嘘じゃない。でもね、変えられないことだってあるんだよ。僕は変えられなかったんだ──お父様を……あの人は、僕を愛してない。そんな人に何を言っても響かないし、何も変わらない。だから、その子を助けたいなら、僕が戻って、お父様の言う通りにするしか方法はないよ」

「……っ」

 変えられなかった──その言葉に、悲しさとか、悔しさとか、いろんな感情が込み上げてきた。

 なんで、魔王はアランに、こんな酷いことするんだ。自分の子供なのに……っ

「そんな顔しないで。本当はね、あの時、消すはずだったんだ」

「え?」

「初めて会った時、ハヤトの記憶を消さなきゃいけなかったんだ。でも、魔王の息子が、可愛いものを好きでも、おかしくないって言ってくれたのが嬉しくて、つい、消したくないと思っちゃった……だからね、ハヤトは何も気にしなくていいよ。ただ、僕のワガママに付き合わされただけ。だから、はじめから何もなかったと思えばいい。大丈夫。辛い記憶は、僕が全部消してあげるから──ごめんね、ハヤト。短い間だったけど、ハヤトと友達になれて、よかった」

 瞬間、アランは俺の前から一歩下がると、また魔導書を開いた。

 考える間もなく俺の足元には、魔法陣が現れて、記憶操作の時に使ってた、赤い魔法陣だ!

 消される、記憶を──
 アラン達と過ごした、この一ヶ月間の記憶を。

「時の神よ、我が血と盟約のもと、その命に」
「───アランッ!」

 呪文を唱える瞬間、俺は思わずアランの肩につかみかかった。

「わ! ちょ、離しッ」

「嫌だ! 俺は、忘れたいなんて思ってない!!」

「……っ」

 二人目が合うと、アランはすごく驚いた顔をしていた。

 消されてたまるか! このまま全部なかったことになんて、させない!

「アラン! 俺は、忘れたくない! 俺、アランのおかげで変われたんだ! 今まで諦めていたことを、諦めなくていいって思えるようになった! 俺にとって、この一ヶ月は、なくしたくない大切なもので、この先も、ずっとずっと大切にしていきたいもので、それを、辛い記憶だなんて言って、勝手に消そうとするなよ!」

「……っ」

 声をはりあげて、精一杯うったえた。

 アランが、俺のために記憶を消そうとしたのは分かってた。

 でも、俺は絶対に忘れたくない。

 アランのことも、シャルロッテさんとカールをさんのことも。

 だから──

「俺も、一緒に行く」

「え?」

「俺も一緒に行って、魔王と戦う! 一人じゃダメでも、二人でだったら、なんとかできるかもしれないだろ! まだ、諦めるなよ、アラン! 花村さんを助け出して、シャルロッテさんとカールさんを元に戻したら、またここに、帰ってこよう! みんなで! アランも一緒に!」

「……っ」

 思うままに叫んで、気持ちを伝えた。
 すると、アランは

「……一緒にって」

 そういったあと、まるで張りつめた糸が切れたように柔らかく笑うと、その後、ゆっくりと魔法陣を消しさった。

「ハヤトはすごいね……! まるで、魔王を倒す勇者みたいだ!」

「勇者って、お父さん倒しゃダメだろ!」

「そのくらいのつもりでいかなきゃ、取り返せないよ! でも、そうだね。確かに、諦めたら、変えられるものも変えられないよね。よし! そうと決まったら、反抗期続行~!」

 まるで、ふっきれたように明るい笑顔を浮かべたアラン。そして、天井を見ると、また魔法陣が現れた。

 大きくて綺麗な、青い魔法陣──

「天空の使者よ。我が血と盟約のもと、その命に従え!──青の書 第二十四番 白翼の天馬(ペガサス)!」

 アランが叫んだ瞬間、その魔法陣から、星がいくつも降ってきた。

 キラキラ光る星が線で結ばれると、すぐさま馬の形を作り上げて、俺達の目の前に降りてきた。

 翼のはえた立派なペガサスが──

「わぁ、ペガサスって、ホントにいるんだ!」

「まーね。でも、ここから先は命懸けだよ」

「え?」

「なんせ、魔王につかまった、お姫様を奪い返しに行くんだからね! それに、この黒い紙もはがしてもらわないといけないし」

「え? はがして、もらう?」

「うん、これはね、呪いの呪符なんだ。この呪符を作った人にしかはがせない」

「つ、作った人って、まさか……?」

「うん、これを作ったのは、僕のお父様。つまり、魔王に直接はがしてもらわないと、この呪いは解けないってこと!」

「えぇぇ!?」

 その言葉に、俺は冷や汗をかいた。
 魔王に直接!?

「はがしてくれるわけねーじゃん!?」

「あはは、そうだね。だから、問題山づみ!」

「笑ってる場合か!!」

「大丈夫だよ。二人でやれば、なんとかできるかもしれないんでしょ? 頼りにしてるよ、ハヤト! というわけで、行こっか。魔王にとらわれたお姫様を救いに!」

 そう言って、にっこりと笑ったアランは、ペガサスにのって手綱(たづな)をとった。

 こうして馬に乗る姿とか、花村さんを「お姫様」なんて言っちゃうあたり、やっぱりアランは王子様なんだなと思ったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない!

 目指すは魔界・魔王城──アランの父親、ヴォルフ・ヴィクトールの住む城へ!
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