私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う



会場の片隅の観葉植物の陰になる位置に貴嗣は誓悟を誘った。

「なにか」

「なに、その目つき」

「生まれつきですが」

幼い頃から学友として育っただけに、ふたりだけになると言葉使いにも遠慮はない。

「そんな顔だから婚約者に嫌われるんじゃないか?」

「真音にお会いになったんですか?」

滅多に表情が変わらない誓悟だが、その時だけピクリと眉が動いた。

「ああ。帰ろうとしていたけど、伊集院家の馬車がなくて困っていたよ」
「馬車が?」

誓悟も聞き間違いかといった顔をする。令嬢を夜会の場に置いていく使用人がいるとは思えないのだろう。

「おおかた連れて来ただけで、御者は帰るか遊びにいくかしたんだろう」
「まさか⁉」

驚きを隠さない誓悟に、貴嗣は冷たく言い放った。

「お前、あの子の伊集院での立場がわかってる?」
「立場ですか? 伊集院伯爵家の令嬢ですが、なにか……」

誓悟の言葉に、貴嗣は「はああ~」とこれ見よがしに大きなため息をついた。

「あの子は亡くなった先妻の子。伊集院家の当主と鷹司家の真穂路様の血を引く娘だ」

真穂路にも皇族の血が流れているから、貴嗣は敬意を込めて真穂路を様付けで呼んでいる。

「ええ、もちろんです」

「当主の守綱氏は有能な外交官だから、皇子殿下の留学に付き添って海の向こうだ」

「存じています」

『なにをあたり前のことを』というように誓悟は不機嫌な声で答えている。
だが貴嗣は少し頭の固い誓悟にも理解できるようにと、ひとつひとつかんで含めるように話すことにした。

「……しかも、長期間の不在だ。そろそろ海外に出かけてから六年になる」
「はい」

「君たちの婚約はいつだったかな」

「私が婚約したのは守綱様が出国される直前でしたから、私もまだ十八。真音は十二歳でした」

「その十二の子が父親が不在の間、義理の母と義妹と義弟に囲まれて過ごしているんだぞ」
「貴嗣様、なにがおっしゃりたいのでしょう」

「君は、守綱氏から彼女のことを頼まれていないのか?」
「もちろん『娘を頼む』とは言われていますが、それは正式に結婚してからのことだと思いますが」

まだピンとこない誓悟に、もっと具体的な例を貴嗣は聞かせることにした。

「君は海軍将校として海での暮らしがほとんどだったから、社交界の噂に疎いようだね。ならば聞かせてあげるよ。彼女は富豪で知られる伊集院家の長女だというのに、いつも質素なドレス姿で宝飾品のひとつも身につけていない。おまけに夜会にも殆ど顔を出さないというのに、なぜか愚かで気が利かない上に散財ばかりする娘だとの評判だ。そのうえ大人しいだけで自己主張しないから疎んじられている。おまけに真音は名高い九鬼家の御曹司と婚約したものだから、ご令嬢方からはいじめの標的にされているのさ」

真音についての細かい情報を、これでもかと聞かされた誓悟はさすがに顔色を悪くしている。

「まさか?」

「今日だって、早く帰ったのはそのせいじゃないのか?」

黙り込んでしまった誓悟に、もう一度貴嗣はため息をついた。

「とんでもない婚約者だな。守るどころか、なにも気が付いていなかったなんて」
「……」



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