私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
名ばかりの婚約者
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貴嗣は夜会が開かれている鷹司家に着いて、すぐに親友、というより悪友の九鬼の姿を探した。
一階の大広間は大勢の貴族たちで賑わっていたが、近衛の中でもひときわ大柄な男だけに目立っていた。
案の定、第二皇女の隆子姫の後ろに立っている。
彼女を守っているのか、言い寄る男を蹴散らしているのかよくわからない位置だ。
「誓悟」
貴嗣は隆子姫とも親族にあたるから、気安く声をかけながらずかずかと近付いた。
「あら、貴嗣おにいさま」
隆子姫が嬉しそうに、遠慮なくそばにやって来た貴嗣の名を呼んだ。
まだ十五になったばかりだというのに、深紅のドレスに濃い化粧をしている。
皇女というより、どこかの店に出ている女給のようだ。
この姫は皇帝が身分の低い愛妾に産ませた子だけあって、軽んじて育てられたのだろう。
実の母もすぐに皇帝に飽きられて、家臣に下げ渡されてしまっているから姫には後ろ盾がない。
だから、侍女たちもこんな装いを咎めないのだ。
どうやら隆子姫は父親から『皇族』としての誇りや品というものを受け継がなかったらしい。
愛妾だった母親のように派手に暮らして、見目麗しい男どもを侍らせるのがお好きなようだ。
姫の周りいる近衛や貴族の子息たちも整った顔立ちのものばかりで、どの男も柔和な笑顔を浮かべて婿候補として売り込んでいるようだ。
唯ひとり、九鬼誓悟だけが険しい顔をしている。
「おにいさまが鷹司家の夜会にお出ましなんて、珍しいこと」
隆子姫は貴嗣のことを『おにいさま』と呼ぶ。
呼ばれる方はゾッとするが、鷹揚に微笑んでおく。
一応、あれでも隆子姫は皇族だ。鷺宮家は皇女が降下しているとはいえ、身分では下なのだから。
姫が『珍しい』と口にするくらい、鷺宮家と鷹司家の間には姻戚関係も交流もなかった。
どちらも高貴な血筋ではあるが、文官が多い鷺宮家と武官を多く抱える鷹司家では家風が違うのだ。
近年になって両家の繋がりを深めるために、貴嗣と鷹司家との縁談が噂されているがまだ決まってはいなかった。
「ちょっと誓悟に用があったんだよ」
「あら、九鬼は私が連れて来たのよ」
ぷうっと隆子姫が不満そうに頬を膨らませた。
五歳なら許される行為だろうが、そろそろ婚姻しようかという年頃の姫のすることではない。
「大丈夫だよ。誓悟以外にも精鋭が揃っているみたいだからね」
事実、遠巻きにしているが何人も客に紛れて近衛武官が配置されている。
「誓悟、こっちへ」
貴嗣が声をかけると、渋々といった顔を隠しもせずに誓悟が従った。