「孤高の悪女」で名高い悪役令嬢のわたしは余命三か月のようなので、最期に(私の想い人の)皇太子の望みをかなえてあげる予定です。なにか文句ある?
 とりあえずは解散になった。

 コルネリウスが「お茶でもどう? ケーキがあるけど」と誘ってきた。

 迷った。誘いにのりたかった。

 ケーキ、という禁断のワードに気持ちが傾いた。

 だけどグッと我慢した。

 コルネリウスは、ケーキでわたしを釣っている場合ではない。アポロニアに「お疲れ様」とか「よくがんばったね」とねぎらいの言葉をかけ、その上で彼女をお茶に誘うべきだわ。

 だから我慢したのである。

 彼に顔を近づけ、小声でささやいた。

「おバカさん。誘う相手を間違っているわよ」

 その瞬間、彼の美貌に驚きとうれしさがないまぜになったような表情が浮かんだ。

 コルネリウスのバカ。そんなにわかりやすかったら、すぐにバレてしまうじゃない。いまはまだ、あなたの、というか皇太子の意中のレディは秘密なのでしょう? ポーカーフェイスでいなさい。

 彼を心の中でたしなめた瞬間、つぎは彼がささやいてきた。

「間違っていないさ。あっている」
「バカじゃないの」

 ケーキで釣れるのは、わたしくらいでしょう。わたしが言いたいのは、そういう意味じゃない。

 おもわず、彼を罵倒してしまった。

「とにかく、間違っているのよ。おバカさん、空気を読みなさい。さあ、はやく行ってねぎらいの言葉の一つもかけてあげなさい」

 わからず屋の彼の肩を軽く押してからさっと離れた。

「きみはなにを言って……」

 彼の驚き顔。というか、強情すぎるわ。

「アイ、待ってくれ」

 彼が呼び止めるのもかまわず、広間を駆けだしていた。

 胸はまだ痛くて仕方がない。
< 48 / 64 >

この作品をシェア

pagetop