雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
「まあ、雨宮くん、立派になって」
 課長の事を雨宮くんと呼ぶのは、シネマポールスターの支配人の藤原さん。品よくまとめたシルバーヘアと、藤色のワンピースがよく似合っている可愛らしい老婦人。若い頃はかなりの美人だったのではないかと伺わせる顔立ちだ。

 課長と私は映画館の事務所内にある応接室にいた。応接室の壁には昭和のスターから現代活躍中の人気俳優、大物監督の色紙までが貼られ、この映画館が今も現役である事を感じさせる。

「藤原さんは全くお変わりなく、お若いままで驚きました」
「雨宮くん、お世辞が言えるようになったわね」
 ふふっと笑った藤原さんに、照れくさそうな表情を浮かべる雨宮課長が新鮮。

「そう言えばもう、7年前になるかしらね。リカちゃんが来てくれたのよ」
 リカちゃん……?
 雨宮課長を見ると、穏やかに笑っていた顔から笑みが消えた。

「そうですか。彼女、こちらに来たんですか」
「雨宮くんを待っているみたいだったけど」
「今日はその話は」
「あら、ごめんなさい。『フラワームーンの願い』のフィルムだけどね。実は今、手元にないのよ。ちょうど明日戻ってくる予定なの」
「え、明日ですか!」
 予定外の事でつい声が出てしまった。 
 藤原さんが私に視線を向ける。
「ごめんなさい。フイルムの状態がよくなかったから、今、綺麗にしてもらっているの。明日の午前中には戻ってくると思うんだけど」
 阿久津に言われた期限内だから問題はないけど、でも、今夜はお泊りって事?
「それでね。うちの親戚がやっている温泉旅館を予約しといたから。温泉も気持ちいいし、ご飯も美味しくて、いい所よ。せっかくだから二人ともゆっくりして行って」
 藤原さんがくしゃっと笑顔を浮かべた。

 雨宮課長と温泉旅館に一泊……。何、この都合の良過ぎる展開。
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