人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
それでも、イレーナはもう一歩踏み込む。
「つまり、陛下は騎士団長より劣るということでしょうか?」
「口に出さないほうがいいわよ。殺されるわよ」
イレーナはさーっと血の気が引いた。
それもそうだ。
自分の妻がもっとも信頼のおける臣下に手を出されているだけでなく、暗に下手くそだと言われているようなものなのだ。
自分が皇帝なら即刻抹殺したいと思うだろう。
だが、これで皇帝の正妃不倫疑惑は確定した。
実は否定してほしかったという淡い希望を抱いていたが、脆く粉々に崩れてしまった。
イレーナは不安に思っていることを訊ねる。
「危険ではありませんか? あのような場所で、もし陛下に知られでもしたら……」
「もし知られても、陛下はわたくしを殺すことなどできないわ。わたくしを正妃から降ろすことさえ、できないわね」
イレーナはその意味を考える。
貴族派の中でもっとも権力を持つスベイリー侯爵を父に持つアンジェ。
彼女は皇帝と自身の父とのあいだにある確執のいわば緩衝材の役割。
アンジェが殺されたり、妃から引きずり降ろされようものなら、侯爵は好機とばかりに皇帝に反旗を翻すだろう。