卒業証書は渡せない

15.すき?きらい?

 2学期になり、またいつもの学校生活が始まった。私はいつものように奈緒が迎えに来て、途中で弘樹がやってくる。クラスでも人気者の彼は、先輩たちからも声をかけられる。だけど、弘樹の目下最大の関心事は、もちろん、奈緒。

「もっと早く弘樹に出会いたかったなぁ。そしたらもっと、いっぱい楽しいことあったかもしれないのに」
「違うだろー。『あったかもしれない』じゃなくて、絶対、いっぱいあったよ」
「そうだね」

 休み時間になれば、男の子は男同士で遊んでそう、だけど。実際、そういう人も多い、けど。もちろん、弘樹には男友達もたくさんいる、けど。弘樹はいつも、奈緒と一緒に過ごしていた。お弁当を食べるのも、歯を磨くのも、小テストの勉強をするのも、何をするのも一緒。

 あんまり2人が仲良くするから、たまに視線のやり場に困ることもある。でも、何があっても、奈緒は私が離れることを嫌がって。弘樹も、私が困らないように話題を変えてくれたり。

 奈緒と弘樹が付き合いだしてから、何度か弘樹が大島家と接触していることは聞いていた。帰りに送って行ったとき、休みの日に誘いに行った時。今までずっと、奈緒が男の子と遊ぶことを拒否していた良介が、ものすごく笑顔で接している、と奈緒が喜んでいた。

「良かったね奈緒、本当に……弘樹に出会って」
「うん。優しいよー弘樹。帰りはいつも送ってくれるし、お願はだいたい聞いてくれるし、怒らないし!」

 他人の惚気話は聞きたくないことが多いけど、奈緒と弘樹の話は、まったくそんな気がしなかった。むしろ、聞きたかったし、次はどんな話が聞けるだろう、とワクワクもしていた。

「夕菜は? もう牧原君に返事したの?」

 していません。遊園地に行ったとき、メールアドレスは交換したけど、ちょっと送っただけで、それから全く、何の連絡もしてません。

「なんていうのかな……友達としては楽しいけど、ときめけない。嫌いじゃないよ。でも好きでもない」
「友達以上恋人未満?」
「んー……友達以上親友未満、かな……」

 という私と奈緒の会話を、牧原君がしっかり聞いていたなんて。気付いた時には、彼はやっぱり、凹んでた。

「可能性も……なし?」

 ちょっと泣きそうになってるのを見て、かわいそうだとは思ったけど、好きでもない人とは付き合いたくない。嫌いではないよ、本当に。

「ごめんね。嫌いなとこは別にないんだけどね」
「じゃ~なんで?」
「わからない……けど、ダメみたい……ほんとにごめんね」

 そっか、と呟きながら、牧原君は離れていく。その背中に何度も何度も「ごめんね」という気持ちをぶつけた。彼は友人たちに囲まれて楽しそうに過ごしていたけど、やっぱりどこか辛そうで……。

 帰り際、クラブへ向かう奈緒と弘樹を見送っていたとき。誰かの視線を感じて振り返った。

「夕菜? どうしたの?」
「んー……ううん。なんでもない」

 誰かがこっちを見てたような。気のせいかな。

「じゃーね。気をつけて帰ってね」
「うん。奈緒もクラブがんばってね。弘樹も」

 バイバイ、と手を振って再び振り返ったとき、知らない女の子と目が合ってしまった。そして彼女は、ビックリしたのか、走ってそこから逃げてしまった。

 駅のホームで電車を待ちながら、ケータイを開いて……私は牧原君にメールを打った。本当に申し訳ない気持ち。男の子として見たことはあるけど、どうしても踏み込めない。応えてあげたい気もするけど、できない。どうしてかは、わからない。だけどもし、踏み込める日が来たら、まだ私が好きならお願いします。

 そんな言葉で彼は元気に、なるのかな。電車の吊広告『遊園地4人以上で入場料割引』を見ながら、1区間だけ揺られた。
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