卒業証書は渡せない

18.本当の気持ち

 あの日、私と牧原君は、学校帰りにファストフード店へ行った。そのお店には、同じように高校生の姿が多かったけど、奈緒と弘樹の姿はなかった。
 期末試験前で高校生は忙しいはずなのに、2月14日というだけあって、お店は高校生で大賑わいだ。

 一度、彼との付き合いは断っていたけど、二回目は断れなかった。というより、その言葉を待っていたのかもしれない。私が『OK』の返事をすると、彼はもちろん喜んだ。
 家に帰る時間が勿体なかったので、そのまま遊びに出た。彼の言う「今日だけ」というのが、妙にひっかかっていた。

「今日だけっていうのは……いや、その……バレンタインに一人って寂しいなーと思って……本当は、ずっと一緒にいてくれるのが一番嬉しいよ」

 あれは冗談だったのか、と思っていたら、

「俺──転校するんだ」
「えっ? いつ? どこに?」
「三学期終わったらすぐ。アメリカに」

 バスケで強くなりたくて留学する、と牧原君は言った。

「じゃあ……もう会えなくなるの?」

 知り合ってまだ数カ月しか経っていないのに。最初は嫌な印象で、関わりたくないとまで思った人なのに。
 恋人となると、離れるのがここまでも辛いものなのか。

「行くのは3月末だけど、準備で忙しいから……あと数回しか会えないかもしれない。あ、もちろん、学校行ける日は行くから、教室でなら会えるよ」
「嫌だよ、そんな……」

 知らず知らずに、私は涙を流していた。それに牧原君が気づいてふいてくれる、けど。止まらない。どうしてもっと早く彼の気持ちに応えてあげなかったんだろう。

「たぶん、大学もあっちで受けると思う。しばらく戻らないつもりなんだ。だからせめて最後くらい──」

 牧原君は私の涙をふくのをいったん止めた。

「知らない子にチョコもらうより、夕菜ちゃんと一緒にいたかった」
「牧原くん……」
「でも俺、性格悪いかもしれないな。夕菜ちゃんの本当の気持ち知ってるくせに」

 その時間、店に奈緒と弘樹がいなくて本当に良かったと思う。牧原君が言った『私の本当の気持ち』は当たっていたし、2人には絶対に聞かせたくなかったことだから。

 私と牧原君とのことは、次の日に2人に伝えた。弘樹は「あいつ、良かったな」、奈緒は「おめでとう!」と言っていた。もちろん、彼の転校の話をすると、複雑な顔をしていたけど。

「それで夕菜、今度はいつ牧原君に会えるの?」

 あれから数日後、期末試験が終わってから、牧原君はあまり登校しなくなった。まだクラスでは彼の転校のことは広まっていなくて、先生は「家庭の事情」だと言っていた。
 もちろん、私のケータイには「引越しの準備で行けない」という内容のメールが届いていたし、夜には電話をくれた。あと一か月もないと思うと毎日でも会いたかったけど、そういうわけにはいかない。

「ホワイトデーにはなんとか出てこれるみたいだよ」
「え? それだけ?」
「あとはわからない。学校に来れる日がわかったら、連絡くれるって。夕方時間出来た時も電話──」

 帰り道で奈緒とそんな話をしていた時、牧原君からの電話だった。「今から会える?」と。

 奈緒には申し訳ないけど、私は牧原君を選んだ。
 今しかないんだよ。一ヶ月後には、いないんだよ。会えるときに会っとかないと、もう、会えないんだよ。
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