卒業証書は渡せない

19.ホワイトデー

 牧原君に呼び出され、私が向かったのは隣町の駅。いつも通学に使っている電車なので、定期で乗って、乗り越し運賃を払った。
 地元よりもこっちのほうが栄えていて、買い物をしている人も多い。私も牧原君と特に何を話すでもなく、いろんなお店をまわって楽しんでいた。

 牧原君のことをもっと知りたい、けど。
 何でも話せるくらい仲良くなりたい、けど。
 奈緒と弘樹みたいになりたい、けど。

 もうすぐ牧原君はアメリカに行ってしまう。そしてしばらく帰ってこない。

「僕に構わないで新しい彼氏見つけて」
 って、彼も言っていた。
 もちろん、私も牧原君と一緒にアメリカに行く、という選択肢はあるけど、残念ながら高野家にはそんな余裕はない。それに私はどっちかというと、日本で暮らしたい。

「ほんとにごめん……最初に言えばよかった」
「良いよ。仕方ないし。牧原君が決めたんだから」

 本当は彼を名前で呼んであげたかったけど。それをすると、今以上に彼のことを好きになって、別れの日には想像もつかないくらい泣いてしまいそうで。

 だから、敢えて呼び方は変えていない。
 彼は呼び方に何も言ってこないけど、私の気持ちを知ってるのかは、わからない。

「今はその話はやめようよ。せっかく会えたんだから」

 私は牧原君の手を取って、最近オープンしたかわいい雑貨屋を目指した。


「あれ? おまえ……木良?」

 その雑貨屋の前で牧原君が言った。
 入るのをためらっている男子高校生がいて、よく見ると弘樹だった。

「わっ、見っかった!」
「何だよ? なんか悪いことでもしてたのか?」
「違ぇよ。奈緒の──」

 言いかけて、弘樹は視線を外した。
 誕生日? じゃないよね。奈緒の誕生日は7月。
 でも奈緒にあげる物と言えば……

「あっ、わかった! ホワイトデーの?」
「……あぁ」
「でも、このお店に一人で入る勇気はないんでしょ?」

 それは図星だったようで。
 私の隣にいる牧原君も若干つらそうな顔をしていたので、三人で一緒に入ることになった。

 店内は『かわいい雑貨』屋だけあって、女の子の比率のほうが断然高かった。牧原君と同じようにデートで連れてこられてる男の人もいたけど、やっぱり目につくのは、圧倒的に女の人。

「弘樹、何買うの?」

 って聞いたけど、弘樹は何も決めていなかった。以前、奈緒とこのあたりを歩いた時に、このお店がオープンするのを奈緒がものすごく楽しみにしていたから、という理由で来たらしい。

「あははっ!」

 ふと、懐かしい気持ちになって、私は笑ってしまった。
 奈緒と弘樹が付き合い始めた時、弘樹と一緒にデパートに行ったことを思い出した。

「でも弘樹、今回は自分で選ばないとだめだからね」
「わかってるよ……」

 お店の商品への、女性としての私の意見を言いながら、三人で店内をまわった。商品の説明とか、見た目の使い勝手とか。男の子はそういうことに疎いから。

 弘樹に説明しながら、牧原君とおもちゃで遊びながら、私もお気に入りのポーチを見つけた。弘樹は、いつの間にかレジに行って、商品をラッピングしてもらっていた。何を選んだかは教えてくれなかった、けど。ホワイトデーの後、奈緒が『アクセサリーとかわいいストラップだったよ』と教えてくれた。
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