ごめんあそばせ王子様、 離婚経験者の私に怖いものなどございません
私、フランソワーズと申します



(今夜のおかずはなににしよう……)


頭の中をそんな考えがよぎった。


(あら? おかしいわ)

私は今、春に相応しいソネットを作ろうと思案していたはず。

ここは王宮の中でも中庭に面した美しい部屋。
庭師たちがすみずみまで手入れしている広い庭園が眺められる場所だ。

詩作にふけっているのは、私を含めて身分の高い貴族の令嬢が五人。
私たちは王太子様の婚約者候補として、教育を受けている。

最年長の辺境伯令嬢のアンヌマリー様が十八歳。最年少は公爵家の次女、カトリーナ様で十五歳。

五人というのは絶妙な人数だ。
ふたりならば派閥に割れるし、三人だと二対一になってしまう。だから五人。

本命は宰相のご令嬢のリリアーネ様だとわかっているから、ほかの四人は見事な当て馬だし時間の無駄だと思うけど。

(もう二年になるんだ)

この五人が週に三日、王太子妃候補として王宮で様々な教育を受け始めてからの年月。
長いような短いような……いや、うら若き乙女にとっては貴重な時間のはずだ。

かく言う私、フランソワーズ・ド・シャルタンは侯爵家の長女で十七歳になったばかり。

侯爵家といってもごくごく平凡で、目立った功績も名高い先祖もいない。
私にはお兄様がいるから、長女といっても家を継がなくてもいいから、人数のバランスをとるために候補としてお声がかかったのだろう。

ぼんやりと庭を眺めていたのに、どうして『今夜のおかず』が気になったのかというと、私には前世の記憶があるからだ。

つい先月思い出したばかりだから、威張って言うほどのこともないけど。

(王宮図書室の本棚にうっかり後頭部をぶつけて、その痛みで思い出したのよ)

あれはホントに痛かった。
王宮の書架は高級で固い材質の木を使っているから『目から火がでる』という言葉通りの激痛だったわ。

(コブができたし、前世の記憶がいっきに蘇っちゃった……)

私は日本という国で生まれ育った、橋本郁子(はしもといくこ)という五十五歳になるおばちゃんだった。
二十五でお見合い結婚してから夫の浮気に悩まされ続け、とうとうふたりの子どもが社会人になったのをきっかけに離婚したばかりだったのに……気が付けば侯爵令嬢。トホホである。

ごねる夫からローン返済済みのマンションをふんだくったし、市役所に勤めていた私には年金もそこそこ入る予定だった。

五十五でさっさと退職して、あわよくば恋人を作ったり海外旅行したりして残りの人生を楽しもうと思っていた矢先に死んでしまったらしい。

(なんだか胸が痛かった記憶があるわ)

きっと心筋梗塞かなにかだったのだろう。
夫のことで苦労してきたから、まだ五十五歳とはいえ身体も心もボロボロだったのだろう。

ボロボロのおばちゃんが、今や侯爵令嬢だなんて神様はなにをお考えなのだろう。

日本人だった郁子は言わずもがな平べったい顔に寸胴という体型だったけど、今世のフランソワーズは金髪碧眼でお人形のように整っている顔立ちだ。

それに侯爵家の侍女たちがなんでもしてくれるから、苦労知らずのお嬢様そのものだ。

(ああ、それなのに……)

冷静になってくると、自分の置かれた微妙な立場が嘆かわしい。

せっかくこんな美女に生まれ変わったというのに、王太子妃を目指して勉強漬けの毎日だなんて可哀そうすぎる。
しかも、完璧な当て馬……。

(身分やお金や美貌があっても、自由がないなんて!)

私は今度こそ、もっと自分らしい生き方がしてみたいというのに……




< 1 / 20 >

この作品をシェア

pagetop