僕の欲しい君の薬指
どれだけ推理を繰り広げたとしても所詮は私が弾き出す答えなので、名探偵の推理には程遠い。自分の立てた推論への自信は皆無だ。
「さっきから一体誰に現を抜かしているの?」
紅茶の水面に浮いている輪切りされた檸檬がコツンとグラスの壁に衝突した刹那だった。耳を貫いた鋭い発言に背筋が凍る様な感覚を抱いた私の視線は左隣へと移動した。
顔を持ち上げて横へ向けただけでも、相手のひたすらに甘い香りが鼻を掠める。澄んでいて純度の高い翡翠色の双眸に映り込んだ私は、驚きのせいで間抜けな表情を浮かべている。
「…何の事?」
やましい気持ちがあるからか、エアコンが効いているにも関わらず首の後ろから汗がジワリと滲む。
溜め息が出てしまいそうだ。それ程までにこの子の双眸は美しい。顔立ちも背格好も完璧と云う言葉しか出ないけれど、中でも私は天糸君のこの翡翠色の瞳に昔から心惹かれてやまないのだ。
依然として私の腹と腰には彼の長い腕が巻き付けられている。もしかして榛名さんの事を考えているのが顔に出てしまっていたのだろうか。
「五秒」
「え?」
「最近ずーっと、月弓ちゃんの目線が合う時間が長くて五秒」
「……」
「それに、ふとした瞬間に心ここにあらずって顔をしてる」
「そうでもないよ」
「そうでもあるの。月弓ちゃん、まさかとは思うけれど僕以外の人間の事を考えていたりするんじゃないの?」
この場合、何をどう返答すれば危機を回避できるだろうか。もしかするとこの子は単に発破を掛けているだけかもしれない。でも天糸君が相手なのだから本息で私の脳内や心中を察している可能性も否めない。
ただ一つ確かなのは、天糸君の問いに回答しないと云う選択肢だけは彼の機嫌を損ねる事に繋がると云う事だ。これだけは長年の経験則からありありと分かる。
目を逸らしたら負けだ。今にも彼の威圧に屈してしまいそうになるけれど、それだけは絶対に駄目だ。
「…天糸君」
彼の頬に手を伸ばして、指先で彼の肌理細やかな頬を滑走した。輪郭を撫でただけなのに、気持ち良さそうに貌を綻ばせる彼は可愛い。