僕の欲しい君の薬指



驚いた。どうして驚いたのかと訊かれれば、私がまさに今この瞬間彼の事を考えていたからだ。

頭に浮かべていた人の登場に唖然として口が開く。湿度の高い空気がアイロンでストレートにした髪に容赦なく纏わり付く。きっと天糸君はこんなジメジメした気候なんてお構いなく髪はサラサラなままなのだろう。


折角、数日間天糸君と離れて生活できる権利を得たはずなのに、この期に及んであの子の事を過ぎらせる思考が憎く感じる。



「こ、こんにちは、榛名さん」

「ふはっ、他人行儀なの傷付くんだけど?…こんにちは、涼海さん」



吹き出して肩を揺らしながら笑う相手が、私の頭の上にポンっと優しく手を乗せた。あ、私の苗字覚えていてくれたんだ。その事実が素直に嬉しくて胸が擽ったい。

勝手に身体が緊張して固くなっていたけれど、榛名さんの空気感がそれをあっという間に解《ほぐ》してくれた。



「ごめんなさい、他人行儀なつもりはなかったです」

「ん、そこまで深く傷ついた訳じゃないから気にすんな」



頭に置かれた榛名さんの手はとても温かい。私の頭を撫でるその体温にはまだ全然慣れていないはずなのに、不思議と嫌な気分にはならなかった。


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