『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
カフェで休憩し、その後にショップでお土産を見て回り、少し早めに牧場を後にした俺らは、都心目指して帰路に着く。
来た道を戻るのではなく、少し遠回りして……。
「疲れたら、寝ていいぞ」
「大丈夫です。ふ……響さんこそ、お疲れなのでは?運転代りましょうか?」
「いや、大丈夫」
まだ帰りたくない。
というより、毎日こうしていたい。
仕事で彼女が隣りに座ることは日常茶飯事だが、こんな風に一人の女性として俺の隣りに座ったことは数回あるかないか。
こんな贅沢な時間、止まってくれればいいのに。
「普段誰の曲聴くの?」
「曲ですか?……そうですね……」
何気ない会話が微笑ましく思えるほど、車内の空気が居心地がいい。
朝は少し緊張感があったが、一日彼女と過ごして隔たる壁が薄くなったように感じる。
*
「あの、……質問していいですか?」
「ん、何でも聞いて。答えれる質問なら、何でも答えるよ」
突然彼女から声が掛けられた。
俺に聞きたい事があるらしい。
“仁科 響”という人物に向けられるものだろうから、そういう心境になったということだけでも嬉しくなる。
「いつから、……私のことを知ってたんですか?」
「いつから?……“如月 芽依”が、キサラギ製薬の令嬢だってことをか?」
「はい」
「う~ん、……面接後、……と言いたいところだけど。本当は違うんだ」
「え?……では、いつですか?」
「正確には、……俺が大学三年の時」
「………え?」
「ゼミの集まりが夏休みにあって、時間調整するためにカフェに入ったんだけど、その時に偶々“見合い”をしてるのを見かけて」
「……」
「で、その時に、………一目惚れしたんだ、芽依に」