その涙が、やさしい雨に変わるまで

4*脩也と三琴

――瑞樹さん、ちょっと嫌ないい方になってしまいますが、瑞樹さんはお兄さまのことを恨みたくなったりしませんか?
――どうして?
――だって、お兄さまは親のレールから外れて自由に生きているじゃないですか。もし、瑞樹さんが創業家一族に生まれていなければ、瑞樹さんも別の生き方ができたんじゃないかなって……

 瑞樹のプレッシャーを鑑みて三琴がそういえば、瑞樹は驚いた顔をした。
 プレジデントチェアに座る瑞樹はデスクを挟んで向かい合う三琴に、隣にくるようにいう。
 素直に三琴がデスクを回り瑞樹のそばに立てば、彼は三琴の手を取った。
 残りの瑞樹の手が、三琴の腰に回る。そのまま柔らかく引き寄せて、自身の膝の上に三琴を座らせた。
 プレジデントチェアにふたりが座る。大きなチェアであるといっても、ひとり掛けの椅子である。ふたりで座れば、もちろんぎゅうぎゅうだ。

――兄さんのことを羨ましいとは思ったことはないよ。
 
 膝上にのせた三琴の耳元で、そう瑞樹がささやく。
 業務時間外とはいえ、まだ日は暮れていない。同じフロアには残業している社員だっている。
 不意のこととはいえ、三琴はドキドキする。業務のノックに警戒するも、いつの間にかしっかり瑞樹に抱き包まれていた。

 恋人の体温を近くで感じ、頬に瑞樹の息が当たる。ささやく声は、日中の業務とは真逆の柔らかい声色だ。

――高校生の兄さんの撮った写真は、中学生の自分がみても、なんか違うと思った。絵を描けば展覧会で入選するし、習字もそうだった。いわゆる才能があるってタイプだよ。だから、好きな写真で挑戦したいと思うのは自然なことだし、弟としても応援したいしね。
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