その涙が、やさしい雨に変わるまで

5*とりあえずのアルバイト

 目覚めれば、梅雨に入る前の爽やかな青空が広がっていた。
 脩也と再会してからはじめての週末である。三琴は、都内のとある公園広場へ向かっていた。

――と、次の恋にいく前に、急に気持ちを切り替えるのは難しいだろうから、気分転換にアルバイトしてみない?
――アルバイト?
――そう、アルバイト。一日だけの。

 瑞樹の記憶喪失と結婚のことを兄の脩也へ暴露した夜、別れ際に三琴はアルバイトのオファーをもらった。
 そのときは、大量のアイスクリームを(しょく)して酔いは醒めていても、失恋を事細かに思い出したあとゆえに三琴は動揺していた。気分転換にといわれても、いまひとつ乗り気にはなれなかった。

 そこは承知で、脩也はいう。

――松田ちゃん、そんなに深く考えない! 外に目を向けるきっかけぐらいに思って。
――そのアルバイトって、どういった内容ですか?
――今週末、カメラ仲間の自主勉で日帰りロケにいくんだけど、その行先がバラ園なんだ。松田ちゃんは、メンバーの弁当の用意とか後片付けとか、急に発生したお使いにいくとかの雑用係。バイト代は弁当代と入園料ぐらいしか出ないけど、どう? 満開のバラ園、魅力的だと思わない?

 五月といえば、バラのシーズンだ。オフィス街でもバラのモチーフの看板がちらちらと現れだしていて、店先にはバラのデザインの商品が並ぶ。バラは、フォトグラファーなら男女問わず人気の被写体に違いない。

 一年で一番美しい姿となるバラの庭園を、なんとなく三琴は想像する。
 青空のもとに広がる、たくさんのきれいな色の点の集まり。緑の葉なんて、花に圧倒されて添え物だ。緩やかな丘陵に沿って、カラフルな絨毯が何枚も敷かれている。
 明るくて、華やかで、すがすがしい、バラのある光景。精神的にズタズタな今の自分には、ひどく似つかわしくない気がした。

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