ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~
記憶の玉手箱 中学生編

恋の三角関係クッキー

 春を語るにはまだ肌寒い蜻蛉町の四月。ほたるは中学1年生になった。1年1組。

「ほたるっちの1組神話、また更新されたねー」
 と、初日にケラケラ笑ったももちゃんは3組、「1組の呪い」と怖いことを言ったさなえちゃんは4組、そして「みんな離れ離れになっちゃったね」と心細そうだった紗良は、篤と同じ二組。

 入学式から二週間が過ぎ、ほたるを含め、みんなそれぞれのクラスに馴染んでいるようだった。部活動が始まるまでの間、四人は一緒に下校することにしていた。

「みんな部活、どうするか決めた?」と、ももちゃんが聞く。
「そうだった。すっかり忘れてた」と紗良がハッとする。 
「あたしは陸上部」と決断力に優れたさなえちゃん。

「さなえっち、足速いもんね。紗良っちも運動神経いいから当然運動部よね? ほたるっちはどうする?」
「……お察しの通り、文化部にしようと思ってます」

「だよね、だよね。信じてたよー。てことで、一緒にクッキング部入らない??」
「クッキング部? うちの中学にそんな部活あったっけ?」
 首を傾げるさなえちゃんに「ちっちっち」とももちゃんが指を振る。

「部活動のしおりの最後のページに、休止中の部活欄というのがあってだねぇ。そこにクッキング部があったのですよぉ。で、先生に詳しく聞いたら、部員が五人集まったら部に復帰できるんだって。あたしとフルーツ部のメンバーの梨花ちゃんと林檎ちゃんと杏ちゃんで四人。あと一人、足りないんですよぉ」
 ももちゃんがほたるを見つめにんまりした。

「楽しそう。いいよ」
 休部だったってことは先輩もいないだろうし、梨花ちゃんたちとわいわいクッキングするのは面白そうだ。

「もも。あんたは運動しないと、また恋が遠のくぞ」
 さなえちゃんがももちゃんのお餅みたいなほっぺを引っ張る。それを「ていっ」と、払い除け、ももちゃんが不敵な笑みを浮かべた。

「ふっふっふ! 運動しなくてもいいように、クッキング部は食べても太らないレシピ作りに取り組むのだよ。その悪魔のレシピを引っ提げて、さなえっちのように彼氏ゲットしてやるのだよ。あ、ほたるっち、篤君は何部に入るの?」
「さあ」とほたるは首を傾げた。

「大地が陸部誘ったけど断られたって言ってたな。アイツも鈍感だから篤君の気持ちとか考えないでゴリ押しして撃沈したっぽい」
 さなえちゃんが苦虫を噛み潰したみたいな顔で言う。大地君の強引な勧誘を全力で拒否する篤を想像したらちょっと笑えた。

「さなえっちってば彼氏と同じ部活なのねん。うらやま~。篤君、クッキング部入らないかなぁ。篤君が入ってくれたら女子部員大量ゲットできるんだけどなぁ。部員増えると部費が増えて、ええ食材買えるんですよー。あ、紗良っちクッキング部入らない?」
「こら! 紗良をエサに男子部員釣ろうとするな」
 ももちゃんが「バレたか」と、ちろっと舌を出す。

(確かに、紗良は人気あるからなぁ)
 うちのクラスでも別の小学校出身の男子が「激カワ」と騒いでいる。
 女子に人気の篤もいて、1年2組は顔面偏差値が高いと噂だ。二人が付き合ったらさぞお似合いだろうな、と、勝手に想像し、勝手に傷つく。

 田んぼアート以降、ももちゃん、さなえちゃん、大地君、ほたる、紗良、篤の六人は『チーム田園』とチーム名をつけて一緒に遊ぶようになった。みんなといるのは楽しいのに、紗良と篤が一緒に笑っていると心がざわついて、紗良に対して醜い感情が芽生えそうになる。

「ほたるちゃん、どうかした? 大丈夫?」
 気がつくと紗良のしゅっと綺麗な二重が心配そうに覗き込んでいた。紗良はいい子だ。だから自分の醜くさが際立って嫌になる。

「あ~あ、もう三叉路かぁ。あっという間だねー」
 ももちゃんが心底残念そうにため息を吐く。この三叉路をももちゃんとさなえちゃんは直進し、紗良は左、ほたるは右に折れるのだ。

「まったねー」
 四人は手を振って、それぞれの道へと進んで行く。冷たい春風が鼻先を冷やす。空は晴れているけれどまだまだコートは手放せない。桜の開花は先の先。

 シュー、と自転車が通り過ぎ、ほたるの少し前で止まった。
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