ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

図書館のベンチ

 外はそこそこ寒くて、秋深し。だった。
 ベンチに座っていると、ちょっと冬の匂いがした。篤のくれたジンジャーホットミルクティが身体にじんわり沁みる。

「オレさ、冬休みに一人でスリランカ行くことにした」
「ぶっ!!」
 ミルキーな茶色の液体が、派手に口から噴出する。

「うわっ、何してんだよ」
「だ、だって、篤が、ごほ。変なこと、げほ。言うから」
 咳き込むほたるの背中を叩きながら、篤が言う。

「オレ、じいちゃんの遺言、叶えに行ってくるよ」
「遺言?」

 顔を上げると篤の顔がすぐそこにあって、ほたるの顔がボッと焦げる。久々に見る篤は、またシュッとかっこよくなっていた。
 たぶん、身長も前より伸びている気がする。

 濃い夕暮れの空には少量のアカトンボ。蜻蛉町は初夏から冬の直前までトンボが舞う。

「死んだじいちゃんの友人が、スリランカに移住して宝石会社をやってるんだ。じいちゃんは生前、その友人の自社鉱山で宝石を採掘しようとしてたんだ。そこを訪ねるつもり」

『最近のあの子を見ていると、おじいちゃんみたいに突拍子もないことをしでかすんじゃないかって不安になるの』
 ほたるの脳裏に篤の母の浮かない表情が蘇る。

 キラキラ輝く篤の瞳に、そこはかとない不安を覚えた。幼い子供が危険を顧みずにケガをしてしまうような、そんな危うさ。ダメだよ。篤。

「……篤のお母さん、よく許してくれたね」
「大変だった」
 苦笑する篤の頭上を、一匹のアカトンボが通り過ぎていく。
 それを目で追いながら「ちゃんと子離れできるといいんだけど」と篤が呟いた。

「子離れ?」
「こっちの話。中学に入学した時、耕作さんがさ、『亡くなったおじい様からの入学祝いです』って、オレ名義の預金通帳とじいちゃんの手紙を届けてくれたんだ。そこに『元服したら、君は大人だ。人生は思ったより短い。後悔しないよう、自分に正直に生きなさい』って書いてあって、スリランカの友人の連絡先が記されてたんだ」
 真剣な篤。なんだろう。上手く言えないけど、すごく、すごく、嫌な予感がする。

「三学期には戻ってくるんだよね?」
「……まあね」
 曖昧な返事。益々不安が募る。そのほたるを見て篤がニヤッと笑った。

「何? オレのことが心配?」
「べ、別にぃ。心配するのは彼女の役目でしょ」

「彼女?」
「……紗良」
 篤が「ああ」と頷く。

「橘さんと付き合ったことも、大きかったな」
 ズキン、とさっきとはまた別の、嫌な感じで胸が痛んだ。
 つまり、紗良が篤の背中を押したってこと?

 篤は、自分で採掘した宝石を指輪にして紗良にプレゼントするのかな。ペアリングとか、嫌だ。見たくない。
 あたしは。だって、あたしは。

「篤、あたし」
「?」
 篤が好きなんだよ。大好きなんだよ。だから、紗良とは別れてよ。

「……あたしにも、宝石採ってきてよ」
「しゃーねーなぁ。ほたるにピッタリの宝石を送ってやるよ」

 ふわっと笑った篤の目元には、やっぱりえくぼがあった。
 それが、大好きで大好きで、せつなかった。
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