ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~
記憶の玉手箱(誕生~小学生編)

ひいじいじのまじない

 深山ほたると滝沢篤の初対面は、生後四ヶ月の頃。地域の保健センターで行われた四ヶ月健診でのことらしい。

「首が据わってきた赤ちゃんには、うつ伏せの練習をさせてあげましょう。では実際にやってみますね。お母さんの赤ちゃんをモデルさんにしてもいいですか?」

 声をかけられたのはほたるの母、の隣にいた篤の母で、長テーブルで作られた舞台でうつ伏せにされた篤は、両手をついてぐいっと、それはそれは見事に首を持ち上げてみせ、拍手喝采を浴びたそうな。

「本当にすごかったのよ~。おまけにあっくん、外人の赤ちゃんみたいに可愛い顔で」

 ミーハーなほたるの母が篤の母に話しかけ、二人は晴れてママ友になったのでした。
 と、いうエピソードを、ほたるはプリンセスの絵本よりも熱心に語り聞かされた。

 ほたると篤の家は自転車で15分とそこそこ距離がある。近所というほど近くはなかったが、幼稚園に入る前は、親にくっついて毎日のようにお互いの家を行き来し、公園で遊んだ記憶がうっすら残っている。と、言っても、当時は友達と遊ぶ協調性はなく、同じ空間でそれぞれが別の遊びをしているような感じだった。

「ほたるちゃんは可愛いねぇ。いいなぁ、女の子は」
 篤の母はおっとりしていて、ほたるの母が面倒くさがるお人形遊びやお姫様ごっこを一緒にしてくれるので、ほたるは篤の母が大好きだった。

「ええ? あっくん、もうこんな難しいパズルができるの? すごいわー!」
 一方、ほたるの母は、篤がブロックやパズルに熱中する姿を「すごい、すごい」とほめちぎった。

 篤の母と遊ぶ日は、まさにひいじいじの言う『禍福は糾える縄の如し』だった。
 篤のお母さんと遊んでいる最中はめちゃくちゃ福。でも、篤たちとバイバイしたあと、禍がやってくる。ずっとにこにこだったほたるの母が教育ママへと変貌するのである。

「ほっちゃん、お人形さんとばっかりで遊んでないでこのブロックやってごらん」
「あっくんは図鑑が好きなんですって。ほら、ほっちゃんもこのお花の図鑑読んでみない?」
「ほっちゃん、今日はお箸でごはんを食べてみよう」
 ほたるの母は篤の好きな遊びや、篤ができることをほたるにもやらせようとする。

 全然楽しくない。

 見かねたおじいちゃん、おばあちゃんが「まだほたるには早いんじゃないかね」と助言しても「大丈夫、ほっちゃんもできるわよ」と聞く耳持たない。
 だから、ほたるはひいじいじの和室に逃げた。

 ひいじいじはほたるを可哀想と慰めることも、ほたるの母を悪いと諌めることもしなかった。抱きつくほたるに「ほっちゃん、禍福は糾える縄の如しじゃ」と頭を撫でるだけだった。
 それなのに、ほたるの心は不思議とほかほかしてくる。
 それに、ほたるの母も「もう、ひいじいじまで甘やかして」と言いつつ、あんまり強く言えないで去って行く。

 やーいやーい。だった。

「さて、いつものまじないでもしようかの」
「うん!」

『アキツハノスガタノクニニアトタルルカミノマモリヤワガキミノタメ』

 不思議な呪文を唱えながらひいじいじはほたるの額にマークを描く。それがくすぐったくて好きだった。
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