ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

アカネさん

 ほたるが身の丈に不相応な私立の創研幼稚園に入園したのは、篤が公立の幼稚園でのほほんと生活している隙に、開いていた能力差を縮めよう、いや、できることなら追い抜こうとほたるの母が画策したからである。

「名づけて『ウサギとカメ作戦』よ」と、息まいていた。

 その幼稚園は、毎日一時間の勉強時間があって、卒園時には小学校二年生レベルの学力が備わるというのがウリの、県内では超名門の幼稚園。
 しかし、ほたるが住んでいるのは、県内で超ど田舎の蜻蛉町。
 その名のとおり、秋にはトンボがうじゃうじゃ舞う見事な田園風景ののどかな場所だ。

 この町の子供は公立のとんぼ幼稚園かとんぼ東幼稚園のどちらかに通い、とんぼ小学校へ進むのが一般的。高校までエスカレーター式の創研幼稚園に通わせるのは県会議員や医者の子供たち、つまり地元でも裕福で格式高い家柄の子たちなわけで……。

 ほたるの父は「そのあっくんとやらがどれほどすごいか知らんが、ほたるはみんなと同じ公立でのびのび過ごすのが合ってるんじゃないか?」と反対したが「幼稚園だけなら、お給料の低いウチでもなんとかなる!」と、ほたるの母に言いくるめられてしまった。

 と、いうわけで、創研幼稚園に入園したほたる。当然ながら他のセレブ園児からは浮いていて、友達もできず、勉強もよくわからず、結局なんの成果も得られずにぽうっと卒園を迎え、エスカレーター式のエスカレーターを降りて、公立のとんぼ小学校の一年一組に入学したのだった。

 ほたるはこれで難しい勉強をしなくてすむと、ホッとしたのだが……。

 いざ、公立小に入学してみれば、クラスの半数がとんぼ幼稚園出身、もう半数はとんぼ東幼稚園出身で構成されていた。既に女子は仲良しグループが出来上がっている。
 同じクラスに篤を見つけたものの、篤も同じ幼稚園出身の友達の輪の中にいて、しかも男子だし、とても話しかけられない。

 ほたるは、転校生でもないのに一人ぼっち。そして異質なほたるは、すぐに女子たちの噂の的になったのである。禍福の禍、再び、である。

「創研幼稚園で落ちこぼれたから、こっちに来たんだって」
「お父さんがリストラにあって、学費を払えなくなったんだって」
 休み時間の一年生女子のひそひそ話はまる聞こえである。

 創研幼稚園の時も友達はいなかったけど、勉強も遊びも先生が決めたグループでしていたから別に気にならなかった。初めて経験する孤独な休み時間に、ほたるは困り果てた。机にぽつんと座っていると、女子たちの「可哀想」が、胸につきんと刺さる。たった5分の休み時間が授業時間より長い。中休みや昼休みは永遠だった。

 なんとかしなきゃ。と、ない頭で思いついたのが、クラスの本棚の本を片っ端から読むことだった。
 一人で机に座っているのは、友達がいないからじゃない。本が読みたいだけだもん。仲間はずれにされてるんじゃないもんね。と自分に言い聞かせてやり過ごすと、ちょっとマシな気がした。

(いいなぁ、あっくんは)
 沢山の友達に囲まれている篤をちらりと見ては、こっそりため息を吐く日々。学校が終わっても禍福の禍は続く。

「おかえり、ほたる。で、あっくんは今日どんな感じだった? 授業で手を挙げてた? ほたるも一回くらい手を挙げたわよね?」
 お母さんがうるさい。

(お母さんのせいなのに、もう~)
 恨めしく思いながら、それを面と向かって言う勇気もなくて「普通」と呟いて、ほたるはひいじいじの和室に逃げるのだった。

「ひいじいじ~」
「ほっちゃん、おかえり」
 読んでいた難しそうな本から目を離し、ロッキングチェアの上で目を細めるひいじいじにホッとする。ひいじいじはほたるに「小学校は楽しいか」とか聞かない。
 家族のみんなは「歳も歳でぼうっとしていて、人に興味がない」って言うけど、違うもん。ひいじいじは、本当はなんでも知っていて、知っているのに何にも聞かないんだ。それがひいじいじなんだもん。すごいんだもん。……たぶん。

「ねえ、ひいじいじ?」
「んん?」

「どうしてひいじいじは、何にも聞かないし何にも言わないの?」
 いつものように、しわしわの手で頭を撫でつけられながら、ほたるは尋ねた。

「う~ん、どうしてじゃろなぁ」
 ひいじいじはショボショボの目でほたるをじっと見て首を傾げる。

「そういえば、昔、アカネさんにもおんなじことを聞かれたなぁ」
「アカネさん?」

「ほっちゃんのひいばあちゃんじゃ。アカネさんは、それはそれはべっぴんさんじゃった」
「べっぴんさんって?」
 みんなにはナイショじゃ、とひいじいじは愛読書に挟んでいた写真を見せてくれた。セピア色の古い写真には、着物姿で目のぱっちりした女の人がはにかんで笑っていた。

「きれ~い! お人形さんみたい!」
 じゃろぉ。と、ひいじいじはとっても嬉しそう。

「ひいじいじ、よくこんな可愛い人と結婚できたね」
(ヨボヨボなのに)
 その頃、ひいじいじは昔からヨボヨボだと思っていた。

「ひいじいじには、とっても珍しい虫がおってな。その虫のおかげで、アカネさんと出会えたんじゃ。ひいじいじの名前は蜻蛉言うじゃろ? 名前のおかげもあるかもしれん。名は体を表すというからの。ほんでな、ほっちゃんが生まれたとき、ほっちゃんにもその虫がいるとひいじいじにはわかった。ぴかぁ、ぴかぁて、ホタルみたいに光りよってな。だからひいじいじがほっちゃんに、ほたるっちゅう名前をつけたんじゃよ」
「ふうん」
 言ってる意味はよくわかんなかったけれど、ひいじいじが楽しそうなので、ほたるも楽しくなる。

 最後はいつもの呪文。辛くて退屈な小学校だけど、家に帰ればひいじいじがいる。

「ほっちゃん、禍福は糾える縄の如しじゃよ。悪いことといいことは順番こじゃ」
「うん! 小学校とお母さんは禍福の禍だけど、ひいじいじは禍福の福だもんね」

「ほうか。ひいじいじが福か。ひいじいじもほっちゃんは大福じゃ」
「ひいじいじ、大福はちょっと、ビミョー……」
「わっはっは」
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