元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
あの後、午後の授業で発表された新入学早々の学力テストの対策に追われました。まだほとんどの科目で授業が始まってなかったのですが、テスト範囲は教科書の十数ページにわたっています。
なんと申しましょうか、一言でいえば鬼の所業ですね。発表後の教室は阿鼻叫喚でした。
ただ、それはあの有朋さんも同様でしたから、おかげさまでこの日からテストまでの間、表面上は大変静かに過ごすことができましたので、私の心の安定という点ではよかったのでしょう。
そうして迎えたテスト最終の教科、英語の終了のチャイムが鳴り響いた瞬間、教室の中に一斉に気の抜けたようなため息が広がりました。
机に突っ伏している人、逆に天を仰ぎ見て呆けている人、様々な現実逃避を横目でみながら、今のうちに逃……帰りましょうとカバンを手にとったところで声がかかります。
はい、予感はしていました。
「天道さーん。お、は、な、し、があるの。待っててね!」
素晴らしい復活力ですね。テストには相当な御自信があるのでしょう。
「あのー……私、今日は約束があるのですが」
「はあ!?私が、話があるっていってるでしょ!」
私の方には特に話したいことはないのですが……まあ無理だとは思っていました。
諦めて椅子に座りなおした私の机の前の椅子を引き、有朋さんは腕を組んでダンっと座り込みました。
「今後の方針を決めるんだから、きっちり付き合いなさい」
「……はい」
蝶湖様にも強制参加を強いられてしまいましたので避けることは出来ないことはわかっているのですが、どうにも往生際悪くあがいてしまいます。
そうしてうつむいていたところ、机の上に近づいてきた影が映りました。
「ねえ、二人で何話してるの?お嬢様がた」
「「え?」」
顔を上げれば、そこには人懐こい笑顔を向けた下弦さんの姿がありました。
「下弦さ……」
「やーん、朧くん!大したことじゃないのよー」
有朋さんが素晴らしく好い顔で、下弦さんを丸め込もうとしていますが、あの、しっかりと知られていますよ。お嬢様対決の件。あの後、蝶湖様が皆さんに全てお話しておりました。
「うん。聞いたよ、あれでしょ?お嬢様対決だっけ」
にこやかに言い切ったその言葉に、有朋さんがバッと私の方へ勢いよく振り向きました。思わず体ごと顔を背けます。けれども、私ではないです、無実です。
「この間、蝶湖から聞いたんだ」
「あらやだ、恥ずかしいわ。朧くんに知られちゃっただなんて」
「すごいな、有朋さん。よく蝶湖相手に挑戦したね」
「うふふ。挑戦だなんて大げさですわ。ちょっとした交流と、そうですね。強いて言うなら、自己の高め合いですかしら?」
……はっ、目が点になってしまいました。物は言いようですね。
画期的なその口上にはむしろ拍手を送りたいとさえ思ってしまいました。
「いやいや。あの蝶湖にだよ。自殺志が……無ぼ……いや、チャレンジャーだなって皆で話してたんだ」
ま、まあ。おほほ。と、頬をヒクつかせる有朋さんの目はもう笑えていません。
然しもの彼女でもしり込みするのでは、と思いましたがまあ杞憂でした。一回大きく深呼吸した後、しっかりと目線を合わせ、はっきりとした口調で下弦さんに言い返しました。
「チャレンジでもなんでも、行動しないと始まりませんからっ」
なんといいましょうか……
摩訶不思議な言動が多く、私も大そう振り回され色々と迷惑を被っていましたが、彼女のこの行動力と積極性には脱帽します。
半周回って、なんだか協力したくすらなってきました。
一瞬、虚を衝かれた下弦さんですが、すぐに体制を整えなおしたのは流石です。
「そう。だったらアドバイスしよっか」
「いいのですか!?」
それは蝶湖様に対して不公平にはならないのでしょうか?有朋さんへの協力はしてもいいと思えるようになってきたものの、私は蝶湖様への反旗を翻す気はないのです。
「いいよー。そもそも蝶湖が言い出したことだからね、アドバイザー制。あと説明ね」
……は?
「勝負は全部で五回。三回先取で勝ちとする。ジャッジは僕たちが担当。一人一回だから、相性合わせて勝負内容決めたほうがいいよ」
メモも見ずにすらすらと内容を話していきます。ということは、下弦さんは最初からこれを言う為に近づいてきたのですね。
「あとは、勝負毎に一人アドバイザーが付く。今回は、僕だね」
「アドバイスじゃなくて、厭味を言いにきたんじゃないのお?」
先ほどからの言い合いで、有朋さんは言葉を繕うことを止めたようです。下弦さんは攻略対象とかいうお相手だと説明を聞いた覚えがあるのですが、よろしいのでしょうか?
「ぶはっ! 正直だね。ただアドバイザーとは言っても、助言を貰えるのも、苦言を与えられるのも、無言を貫かれるのも、手ほどきを受けられるのも、全ては君たち次第だよ」
つまり、アドバイザーの方を味方に出来ないと、圧倒的に不利だということになるわけですね。
「そして今のところ、僕以外の全員が君に助言するつもりはないよ」
ふんふんと頷き、有朋さんの方を見てみれば、真っ青な顔をしていました。
ああ、これはまた有朋さんの予定外の出来事のようです。おそらくは好感度とかいう指数の問題のようでしょう。しかし、こればかりは私にはどうしようもできません。受けるも引くも、有朋さんが決めることですから。
「……わかった。その条件でお願いするわ」
少し逡巡したあと、グッと拳に力を入れて、下弦さんに向かってお答えしました。
「オッケー!じゃあ、最初のアドバイス。ジャッジは三日月初。あいつは脳筋だからね、芸術関連だったら誤魔化し効くよ。他の皆ならまず無理だけど」
そう言いながら、下弦さんが飾り気のない笑顔を見せてくれました。
有朋さんはまだ顔色悪く気が付いていないようですが、これは……下弦さんとの好感度とやら、少しは上がっているのではないでしょうかね?
勝手ながら、そう思いました。
なんと申しましょうか、一言でいえば鬼の所業ですね。発表後の教室は阿鼻叫喚でした。
ただ、それはあの有朋さんも同様でしたから、おかげさまでこの日からテストまでの間、表面上は大変静かに過ごすことができましたので、私の心の安定という点ではよかったのでしょう。
そうして迎えたテスト最終の教科、英語の終了のチャイムが鳴り響いた瞬間、教室の中に一斉に気の抜けたようなため息が広がりました。
机に突っ伏している人、逆に天を仰ぎ見て呆けている人、様々な現実逃避を横目でみながら、今のうちに逃……帰りましょうとカバンを手にとったところで声がかかります。
はい、予感はしていました。
「天道さーん。お、は、な、し、があるの。待っててね!」
素晴らしい復活力ですね。テストには相当な御自信があるのでしょう。
「あのー……私、今日は約束があるのですが」
「はあ!?私が、話があるっていってるでしょ!」
私の方には特に話したいことはないのですが……まあ無理だとは思っていました。
諦めて椅子に座りなおした私の机の前の椅子を引き、有朋さんは腕を組んでダンっと座り込みました。
「今後の方針を決めるんだから、きっちり付き合いなさい」
「……はい」
蝶湖様にも強制参加を強いられてしまいましたので避けることは出来ないことはわかっているのですが、どうにも往生際悪くあがいてしまいます。
そうしてうつむいていたところ、机の上に近づいてきた影が映りました。
「ねえ、二人で何話してるの?お嬢様がた」
「「え?」」
顔を上げれば、そこには人懐こい笑顔を向けた下弦さんの姿がありました。
「下弦さ……」
「やーん、朧くん!大したことじゃないのよー」
有朋さんが素晴らしく好い顔で、下弦さんを丸め込もうとしていますが、あの、しっかりと知られていますよ。お嬢様対決の件。あの後、蝶湖様が皆さんに全てお話しておりました。
「うん。聞いたよ、あれでしょ?お嬢様対決だっけ」
にこやかに言い切ったその言葉に、有朋さんがバッと私の方へ勢いよく振り向きました。思わず体ごと顔を背けます。けれども、私ではないです、無実です。
「この間、蝶湖から聞いたんだ」
「あらやだ、恥ずかしいわ。朧くんに知られちゃっただなんて」
「すごいな、有朋さん。よく蝶湖相手に挑戦したね」
「うふふ。挑戦だなんて大げさですわ。ちょっとした交流と、そうですね。強いて言うなら、自己の高め合いですかしら?」
……はっ、目が点になってしまいました。物は言いようですね。
画期的なその口上にはむしろ拍手を送りたいとさえ思ってしまいました。
「いやいや。あの蝶湖にだよ。自殺志が……無ぼ……いや、チャレンジャーだなって皆で話してたんだ」
ま、まあ。おほほ。と、頬をヒクつかせる有朋さんの目はもう笑えていません。
然しもの彼女でもしり込みするのでは、と思いましたがまあ杞憂でした。一回大きく深呼吸した後、しっかりと目線を合わせ、はっきりとした口調で下弦さんに言い返しました。
「チャレンジでもなんでも、行動しないと始まりませんからっ」
なんといいましょうか……
摩訶不思議な言動が多く、私も大そう振り回され色々と迷惑を被っていましたが、彼女のこの行動力と積極性には脱帽します。
半周回って、なんだか協力したくすらなってきました。
一瞬、虚を衝かれた下弦さんですが、すぐに体制を整えなおしたのは流石です。
「そう。だったらアドバイスしよっか」
「いいのですか!?」
それは蝶湖様に対して不公平にはならないのでしょうか?有朋さんへの協力はしてもいいと思えるようになってきたものの、私は蝶湖様への反旗を翻す気はないのです。
「いいよー。そもそも蝶湖が言い出したことだからね、アドバイザー制。あと説明ね」
……は?
「勝負は全部で五回。三回先取で勝ちとする。ジャッジは僕たちが担当。一人一回だから、相性合わせて勝負内容決めたほうがいいよ」
メモも見ずにすらすらと内容を話していきます。ということは、下弦さんは最初からこれを言う為に近づいてきたのですね。
「あとは、勝負毎に一人アドバイザーが付く。今回は、僕だね」
「アドバイスじゃなくて、厭味を言いにきたんじゃないのお?」
先ほどからの言い合いで、有朋さんは言葉を繕うことを止めたようです。下弦さんは攻略対象とかいうお相手だと説明を聞いた覚えがあるのですが、よろしいのでしょうか?
「ぶはっ! 正直だね。ただアドバイザーとは言っても、助言を貰えるのも、苦言を与えられるのも、無言を貫かれるのも、手ほどきを受けられるのも、全ては君たち次第だよ」
つまり、アドバイザーの方を味方に出来ないと、圧倒的に不利だということになるわけですね。
「そして今のところ、僕以外の全員が君に助言するつもりはないよ」
ふんふんと頷き、有朋さんの方を見てみれば、真っ青な顔をしていました。
ああ、これはまた有朋さんの予定外の出来事のようです。おそらくは好感度とかいう指数の問題のようでしょう。しかし、こればかりは私にはどうしようもできません。受けるも引くも、有朋さんが決めることですから。
「……わかった。その条件でお願いするわ」
少し逡巡したあと、グッと拳に力を入れて、下弦さんに向かってお答えしました。
「オッケー!じゃあ、最初のアドバイス。ジャッジは三日月初。あいつは脳筋だからね、芸術関連だったら誤魔化し効くよ。他の皆ならまず無理だけど」
そう言いながら、下弦さんが飾り気のない笑顔を見せてくれました。
有朋さんはまだ顔色悪く気が付いていないようですが、これは……下弦さんとの好感度とやら、少しは上がっているのではないでしょうかね?
勝手ながら、そう思いました。