元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
沈黙と静寂。
大きく見開かれたその有朋さんの瞳が、彼女にとって私の告白が相当予想外の事柄であったのだと思われます。
ぱくぱくと開いては閉じる口の動きに、呼吸はできていますか?と勝手ながら心配しつつ、有朋さんのリアクションを待っているのですが、一向に動かれません。
「あ、あの……? 有朋さん?」
あまりにも長い沈黙に耐えられず、思い切って私から声をかけると、有朋さんは左手をすっと出され、待て! の仕草をされました。そうして今まで手付かずだったお茶のカップを右手で持ち、一気に中身を飲み干したのです。
「はぁーっ?! ちょっ、これ、ほうじ茶じゃん!」
はい。ティーカップに入っていましたので私も最初は勘違いしましたが、確かに中身はほうじ茶でしたね。
「ったく、何してんのよ、お母さんっ! 紅茶淹れてよー」
顔を赤らめ立ち上がって抗議されていますが、こちらの方をちらちらと確認されているようですので、本気で怒っている訳ではないようです。
「でも、美味しかったですよ。お母様、お茶の淹れかたがお上手ですね」
「……ん。まあ、うららがそう言うなら……ま、いっか……」
そう言うと、ポスンと落ちるようにお一人用のソファーに座り込み、ふわぁーっと大きくため息をつかれました。
「そうか、そうきたかって、感じだわ」
ほうじ茶で落ち着いたのか、ようやくいつもの有朋さんが戻ってきたようです。
「調べても何も出てこなかった時に考えたことがあったの。もしかしたら、うららは黙ってるだけで、私と同じ転生者なんじゃないのかって」
流石は同じ境遇ですね。普通は出てこない発想です。
「ただ、その割にはあんた、何て言うのかなー……野心みたいなものが何もないし、巻き込まれてる感が強かったからさ、やっぱりただのモブだと思ったんだけどな」
ああ、やっぱり巻き込んでいる自覚はあったのですか。
「でもねー、まさか……まーさーか、あんたが異世界からの転生者だとは思ってもみなかったわよ。……ぷっ、くはっ」
「はい。私も転生先が乙女ゲームの中だとは思いもよりませんでした。……ふふふ」
そう、言いたいことを言い合うと、お互いどちらともなく顔を見合わせ吹き出します。
そうして二人、ひとしきり笑い合いました。
「ま、異世界とはいえ、元々がお貴族様なら、そのザ・お嬢様って感じなのもわかるわー」
なんでしょう、そのザ・お嬢様とは?
「別にからかってる訳じゃないわよ。あー、つまり生粋のお嬢様ってことよ」
生粋のというのもおかしい気がしますね。何せ、今世では生まれも育ちも庶民ですし。そう考えていると、横目でジロリと睨まれました。
「言っとくけど、ダンスも乗馬もピアノも並外れて上手くて、マナーも完璧。半端ないお嬢様オーラ垂れ流してるあんたみたいなのを、いくら自分で庶民ですって言っても誰も信じないわよ」
相変わらず私の心を読むのがお得意です。
「はあ……でも、」
「そう! でも、いくら調べても、天道うららは生粋の庶民だっていう証拠しか出てこない。だから、皆が不思議に思うの」
わかりました。ですから、新明さんも随分と私のことを警戒されたという訳なのですね。
「しかしそうすると私は、皆さんからすると、かなり得体の知れないものなのでしょうか?」
そう考えると、少し悲しくなります。
蝶湖様……そういえば蝶湖様にも、いつか私のことを教えて欲しいとお願いされたことがありました。もしあの言葉も、そんな思いで聞かれたのだとしたら……考えるだけで、胸がぎゅうっと痛む思いがしました。
「え? それはないんじゃない?」
またあっさりと簡単に否定されますね。
「わからないから知りたいって思ってるんなら、少なくとも、わからないから気味が悪ーっとはならないじゃん」
「なる程」
「朔くんがあんなになってるのは、彼の性格でしょ。多分」
性格……ですかねえ?
そこは首を捻りたくなりましたが、黙って有朋さんの意見を拝聴します。私にはわからないけれども彼女ならではの視点は、意外と良いところをついていることがあるということに、最近気がつきました。
「ただねえ、私転生者なんですーって言っても普通は信用出来るわけないんだからさ、結局お茶を濁すしかないんじゃないかなって思う訳よ」
……………………訂正します。
「っ……な、何よっ?!」
「いえ、その割には、有朋さんは結構な早さで私にカミングアウトされましたねと、思っているだけですよ」
チッ、と舌打ちが聞こえました。
「結果オーライでしょ! 中々こんな突っ込んだところまで知ってる友達なんてそうそういないんだからっ!」
「それはそうですが……」
「はい! じゃあ、この話は終わり。でも、うららがスーパーお嬢様の理由がわかってすっきりしたわ」
後は、じっくり対決を楽しみましょう。そう少し浮き立ったように言うと、内線でお茶のお代わりをお願いしました。
私も、ずっと自分一人の中だけでしまっていた前世のことを、少しだけでも話せたということに、気持ちが軽くなったことは確かです。
でも、まだ蝶湖様に話していいものかはわかりません。有朋さんが言うように、何事もないように黙っていた方がいいのでしょうか?
けれど……どちらにしても、蝶湖様がどう思われるかと考えると、とても、とても胸が痛んでしかたがありません。
解消されないもやもやを振り払うように、頭をふるふると振っていると、ふと先程の男性陣の諍いを思い出しました。有朋さんに誘われるがまま移動して、あのまま放ってきてしまいましたが、はると君たちはどうしたのでしょうか?
「あっちは男同士勝手にやらせとけばいいわよ。どうせ私たちが間に入ったってわかんないし」
「……そうですねえ」
確かに、私の知らない人のことで、なにやら話をしていました。男同士、古い知り合い同士のお話だというのなら、私が無理に話を聞いたところで、かえってこじらせてしまうかもしれません。
「無理強いしない方がいい場合もありますしね」
「そうそう。放っておきなさいよ。案外仲良くなってるかもしれないしさ」
「だといいのですが」
「それよりさ、ダンスのステップのことなんだけど」
改めて出していただいた紅茶とお菓子を摘まみながら、有朋さんとダンスの話を始めると、ついつい熱が入ってしまいました。
そうして、はると君たちのことを、ついなおざりにしてしまったことを、後で随分と後悔することとなったのです。
大きく見開かれたその有朋さんの瞳が、彼女にとって私の告白が相当予想外の事柄であったのだと思われます。
ぱくぱくと開いては閉じる口の動きに、呼吸はできていますか?と勝手ながら心配しつつ、有朋さんのリアクションを待っているのですが、一向に動かれません。
「あ、あの……? 有朋さん?」
あまりにも長い沈黙に耐えられず、思い切って私から声をかけると、有朋さんは左手をすっと出され、待て! の仕草をされました。そうして今まで手付かずだったお茶のカップを右手で持ち、一気に中身を飲み干したのです。
「はぁーっ?! ちょっ、これ、ほうじ茶じゃん!」
はい。ティーカップに入っていましたので私も最初は勘違いしましたが、確かに中身はほうじ茶でしたね。
「ったく、何してんのよ、お母さんっ! 紅茶淹れてよー」
顔を赤らめ立ち上がって抗議されていますが、こちらの方をちらちらと確認されているようですので、本気で怒っている訳ではないようです。
「でも、美味しかったですよ。お母様、お茶の淹れかたがお上手ですね」
「……ん。まあ、うららがそう言うなら……ま、いっか……」
そう言うと、ポスンと落ちるようにお一人用のソファーに座り込み、ふわぁーっと大きくため息をつかれました。
「そうか、そうきたかって、感じだわ」
ほうじ茶で落ち着いたのか、ようやくいつもの有朋さんが戻ってきたようです。
「調べても何も出てこなかった時に考えたことがあったの。もしかしたら、うららは黙ってるだけで、私と同じ転生者なんじゃないのかって」
流石は同じ境遇ですね。普通は出てこない発想です。
「ただ、その割にはあんた、何て言うのかなー……野心みたいなものが何もないし、巻き込まれてる感が強かったからさ、やっぱりただのモブだと思ったんだけどな」
ああ、やっぱり巻き込んでいる自覚はあったのですか。
「でもねー、まさか……まーさーか、あんたが異世界からの転生者だとは思ってもみなかったわよ。……ぷっ、くはっ」
「はい。私も転生先が乙女ゲームの中だとは思いもよりませんでした。……ふふふ」
そう、言いたいことを言い合うと、お互いどちらともなく顔を見合わせ吹き出します。
そうして二人、ひとしきり笑い合いました。
「ま、異世界とはいえ、元々がお貴族様なら、そのザ・お嬢様って感じなのもわかるわー」
なんでしょう、そのザ・お嬢様とは?
「別にからかってる訳じゃないわよ。あー、つまり生粋のお嬢様ってことよ」
生粋のというのもおかしい気がしますね。何せ、今世では生まれも育ちも庶民ですし。そう考えていると、横目でジロリと睨まれました。
「言っとくけど、ダンスも乗馬もピアノも並外れて上手くて、マナーも完璧。半端ないお嬢様オーラ垂れ流してるあんたみたいなのを、いくら自分で庶民ですって言っても誰も信じないわよ」
相変わらず私の心を読むのがお得意です。
「はあ……でも、」
「そう! でも、いくら調べても、天道うららは生粋の庶民だっていう証拠しか出てこない。だから、皆が不思議に思うの」
わかりました。ですから、新明さんも随分と私のことを警戒されたという訳なのですね。
「しかしそうすると私は、皆さんからすると、かなり得体の知れないものなのでしょうか?」
そう考えると、少し悲しくなります。
蝶湖様……そういえば蝶湖様にも、いつか私のことを教えて欲しいとお願いされたことがありました。もしあの言葉も、そんな思いで聞かれたのだとしたら……考えるだけで、胸がぎゅうっと痛む思いがしました。
「え? それはないんじゃない?」
またあっさりと簡単に否定されますね。
「わからないから知りたいって思ってるんなら、少なくとも、わからないから気味が悪ーっとはならないじゃん」
「なる程」
「朔くんがあんなになってるのは、彼の性格でしょ。多分」
性格……ですかねえ?
そこは首を捻りたくなりましたが、黙って有朋さんの意見を拝聴します。私にはわからないけれども彼女ならではの視点は、意外と良いところをついていることがあるということに、最近気がつきました。
「ただねえ、私転生者なんですーって言っても普通は信用出来るわけないんだからさ、結局お茶を濁すしかないんじゃないかなって思う訳よ」
……………………訂正します。
「っ……な、何よっ?!」
「いえ、その割には、有朋さんは結構な早さで私にカミングアウトされましたねと、思っているだけですよ」
チッ、と舌打ちが聞こえました。
「結果オーライでしょ! 中々こんな突っ込んだところまで知ってる友達なんてそうそういないんだからっ!」
「それはそうですが……」
「はい! じゃあ、この話は終わり。でも、うららがスーパーお嬢様の理由がわかってすっきりしたわ」
後は、じっくり対決を楽しみましょう。そう少し浮き立ったように言うと、内線でお茶のお代わりをお願いしました。
私も、ずっと自分一人の中だけでしまっていた前世のことを、少しだけでも話せたということに、気持ちが軽くなったことは確かです。
でも、まだ蝶湖様に話していいものかはわかりません。有朋さんが言うように、何事もないように黙っていた方がいいのでしょうか?
けれど……どちらにしても、蝶湖様がどう思われるかと考えると、とても、とても胸が痛んでしかたがありません。
解消されないもやもやを振り払うように、頭をふるふると振っていると、ふと先程の男性陣の諍いを思い出しました。有朋さんに誘われるがまま移動して、あのまま放ってきてしまいましたが、はると君たちはどうしたのでしょうか?
「あっちは男同士勝手にやらせとけばいいわよ。どうせ私たちが間に入ったってわかんないし」
「……そうですねえ」
確かに、私の知らない人のことで、なにやら話をしていました。男同士、古い知り合い同士のお話だというのなら、私が無理に話を聞いたところで、かえってこじらせてしまうかもしれません。
「無理強いしない方がいい場合もありますしね」
「そうそう。放っておきなさいよ。案外仲良くなってるかもしれないしさ」
「だといいのですが」
「それよりさ、ダンスのステップのことなんだけど」
改めて出していただいた紅茶とお菓子を摘まみながら、有朋さんとダンスの話を始めると、ついつい熱が入ってしまいました。
そうして、はると君たちのことを、ついなおざりにしてしまったことを、後で随分と後悔することとなったのです。