元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
あの一大告白からしばらくの間、ただひたすらダンスの練習に費やす日々を過ごしていました。
有朋さんは、若干優雅さに欠けるものの、持ち前のやる気と運動神経の良さで、随分しっかりと踊れるようになっています。
「パートナーがいいからね」
「先生がいい、の間違いでしょ?」
相変わらず漫才のような掛け合いをされていますが、有朋さんも悪い気はしていないようです。むしろ、とても楽しそうにダンスをされていますので、下弦さんがパートナーになって下さって、本当に良かったと思います。
にまにまと頬を緩めて二人を見ていると、私の隣から少しためらいがちに声がかかりました。
「君は……どうだろうか?」
「え? あ……勿論、とてもいいパートナーのお陰で、大変練習になっています」
「そうか。なら良かった」
とはいえ、実際のところ新明さんはダンス中、あまり私の目を見て下さらないのですよね。有朋さんと下弦さん程ではなくても、もう少しアイコンタクトがあるといいのですが、図々しいでしょうか?
そう考えながら首を少し傾けると、不審に思われたのか新明さんが、「なんだ?」と尋ねて来られます。
いえ、わざわざ言うほどのことでは。と、口に出そうとしたところで、ふと先日の出来事を思い出しました。
「あの、はると君とは、いつお知り合いになったのでしょうか?」
あの日家に帰ってから、はると君にその事をさり気なく尋ねましたが、何でもないと言い張るだけでした。それとなく何度か話を持って行こうとすると、とうとう最近では私の顔を見ると、サッと逃げ出す始末です。
あまり皆さんに迷惑をかけるようではいけませんし、いい機会ですから一度新明さんに聞いてみたほうがいいのかもしれないということで、当たり障りのない程度に少し口にしてみました。
……けれども、やはりこちらもあまり感触がよろしくないようです。
「昔……習い事で」
それだけで、あれだけ険悪になるものでしょうか?私の質問に、急に無表情になられた新明さんですが、もう少しだけと、言葉を続けます。
「それでしたら、剣道ですよね。新明さんも嗜んでいらしたのですね」
「ああ」
大変短い言葉ですが、なんとか返事をいただきました。そういえば昔、はると君の昇級審査の応援に行った時にも、何人か同じ道場の子たちと会ったことがありました。
もしかしたら、その時に会ったことがあるのかもしれませんね。そう伝えようとしたところ、前から凄い勢いで有朋さんが突っ込んで来たため、後ろに思い切り仰け反ってしまいました。
「うららーっ! 今からドレス見に行こ!」
「っ、有朋さん! な、なんですか? え、ドレス?」
「そう、朧くんが、用意してくれるってー!」
ドレスをですかっ!?
私が驚いて口を大きく開けていると、下弦さんが笑いながら話してくれます。
「従兄弟の店なんだけどさ、ダンス用のドレスも結構置いてあるから選びにおいでよって」
「すっごいの! アロウズよ、アロウズのドレス! いっぺん、着てみたかったのよねー」
それはそれは嬉しそうに、有朋さんは私の手を取りぶんぶんと腕を振り回しています。
痛っ、た、痛いのですが、それどころではありません。
ドレスを用意とは、そんなに簡単に言えるものなのでしょうか?
「対決まであと十日だよね。流石に今からオーダーって言うわけにはいかないけど、既製品のサイズを合わせるくらいはやってくれるっていうから、是非どうぞ」
にこやかに、そして易々と言われるその姿は、やはり下弦さんもかなりのお家のご子息なのですねえ。
それをあっさりと受け入れられる有朋さんも、立派にお嬢様なのです。
そしてそんなに高いものを、簡単に受け取る気持ちになれない私は……やっぱり庶民なのでした。
用事があるのでと、一緒にお店に行くことを辞退された新明さんと別れ、下弦さんの案内の元にそのお店を訪問することになりました。
目抜き通りの一等地、一流のお店が居並ぶ中、そんなに派手でも押し付けがましくもないのに、いかにも高級そうな雰囲気のお店に着きました。
練習着から一度着替えたとはいえ、明らかに場違いな自分の姿にがく然とします。
このまま後ろを向いて帰ってしまおうかしらと思ったところ、テンション高い有朋さんに腕をガッと組まれました。
「うらら、あれ見て! 凄い、綺麗ねぇ」
入り口から良く見える場所、真正面に飾られているウエディングドレスを、うっとりとした顔で見惚れての言葉です。
細かい花の刺繍が入ったレースが幾重にも重ねられ、そこに散らばるように縫いつけられているのは、真珠ですか? 本物? 絶対に触れません。汚したら一大事ですよ。
変な表情を出さないようにと、笑顔を貼りつけてなんとか平静を保っていると、奥の方から下弦さんを呼ぶ大きな声が聞こえました。
「朧、元気か?!」
「久しぶり、清晴」
「ちょ、お前、セイって呼べって言ってるだろうが」
豪快に笑う、青年と言っていい年齢の方と、対等に話し合っている下弦さんです。
しかし、このヒゲ面積が多く、がっちりとした体格の方が下弦の従兄弟さんですか……そうですか。
「あ、紹介するよ。従兄弟の上弦清晴。清晴、こちらが有朋雫さんと、天道うららさん」
「はじめまして、この店のオーナー兼デザイナーのセイです。可愛いお嬢様方」
あまり周りにいないタイプの方だけに、わずかに引き気味になってしまいましたが、にっこりと優しく笑う目元が、やはり下弦さんに似てらっしゃいます。少しほっとしました。
「はじめまして、天道うららです」
出された右手に重ねて握手すれば思ったよりもずっとすっきりとした手のひらです。そうして上弦さんが有朋さんへと顔を向けると、ふぁっ、と大きく息を吐き出すと同時に聞こえてはいけない言葉が響きました。
「熊……アロウズの、デザイナーが、この熊ぁ?!」
有朋さん!そこは声に出してはいけないところです!
有朋さんは、若干優雅さに欠けるものの、持ち前のやる気と運動神経の良さで、随分しっかりと踊れるようになっています。
「パートナーがいいからね」
「先生がいい、の間違いでしょ?」
相変わらず漫才のような掛け合いをされていますが、有朋さんも悪い気はしていないようです。むしろ、とても楽しそうにダンスをされていますので、下弦さんがパートナーになって下さって、本当に良かったと思います。
にまにまと頬を緩めて二人を見ていると、私の隣から少しためらいがちに声がかかりました。
「君は……どうだろうか?」
「え? あ……勿論、とてもいいパートナーのお陰で、大変練習になっています」
「そうか。なら良かった」
とはいえ、実際のところ新明さんはダンス中、あまり私の目を見て下さらないのですよね。有朋さんと下弦さん程ではなくても、もう少しアイコンタクトがあるといいのですが、図々しいでしょうか?
そう考えながら首を少し傾けると、不審に思われたのか新明さんが、「なんだ?」と尋ねて来られます。
いえ、わざわざ言うほどのことでは。と、口に出そうとしたところで、ふと先日の出来事を思い出しました。
「あの、はると君とは、いつお知り合いになったのでしょうか?」
あの日家に帰ってから、はると君にその事をさり気なく尋ねましたが、何でもないと言い張るだけでした。それとなく何度か話を持って行こうとすると、とうとう最近では私の顔を見ると、サッと逃げ出す始末です。
あまり皆さんに迷惑をかけるようではいけませんし、いい機会ですから一度新明さんに聞いてみたほうがいいのかもしれないということで、当たり障りのない程度に少し口にしてみました。
……けれども、やはりこちらもあまり感触がよろしくないようです。
「昔……習い事で」
それだけで、あれだけ険悪になるものでしょうか?私の質問に、急に無表情になられた新明さんですが、もう少しだけと、言葉を続けます。
「それでしたら、剣道ですよね。新明さんも嗜んでいらしたのですね」
「ああ」
大変短い言葉ですが、なんとか返事をいただきました。そういえば昔、はると君の昇級審査の応援に行った時にも、何人か同じ道場の子たちと会ったことがありました。
もしかしたら、その時に会ったことがあるのかもしれませんね。そう伝えようとしたところ、前から凄い勢いで有朋さんが突っ込んで来たため、後ろに思い切り仰け反ってしまいました。
「うららーっ! 今からドレス見に行こ!」
「っ、有朋さん! な、なんですか? え、ドレス?」
「そう、朧くんが、用意してくれるってー!」
ドレスをですかっ!?
私が驚いて口を大きく開けていると、下弦さんが笑いながら話してくれます。
「従兄弟の店なんだけどさ、ダンス用のドレスも結構置いてあるから選びにおいでよって」
「すっごいの! アロウズよ、アロウズのドレス! いっぺん、着てみたかったのよねー」
それはそれは嬉しそうに、有朋さんは私の手を取りぶんぶんと腕を振り回しています。
痛っ、た、痛いのですが、それどころではありません。
ドレスを用意とは、そんなに簡単に言えるものなのでしょうか?
「対決まであと十日だよね。流石に今からオーダーって言うわけにはいかないけど、既製品のサイズを合わせるくらいはやってくれるっていうから、是非どうぞ」
にこやかに、そして易々と言われるその姿は、やはり下弦さんもかなりのお家のご子息なのですねえ。
それをあっさりと受け入れられる有朋さんも、立派にお嬢様なのです。
そしてそんなに高いものを、簡単に受け取る気持ちになれない私は……やっぱり庶民なのでした。
用事があるのでと、一緒にお店に行くことを辞退された新明さんと別れ、下弦さんの案内の元にそのお店を訪問することになりました。
目抜き通りの一等地、一流のお店が居並ぶ中、そんなに派手でも押し付けがましくもないのに、いかにも高級そうな雰囲気のお店に着きました。
練習着から一度着替えたとはいえ、明らかに場違いな自分の姿にがく然とします。
このまま後ろを向いて帰ってしまおうかしらと思ったところ、テンション高い有朋さんに腕をガッと組まれました。
「うらら、あれ見て! 凄い、綺麗ねぇ」
入り口から良く見える場所、真正面に飾られているウエディングドレスを、うっとりとした顔で見惚れての言葉です。
細かい花の刺繍が入ったレースが幾重にも重ねられ、そこに散らばるように縫いつけられているのは、真珠ですか? 本物? 絶対に触れません。汚したら一大事ですよ。
変な表情を出さないようにと、笑顔を貼りつけてなんとか平静を保っていると、奥の方から下弦さんを呼ぶ大きな声が聞こえました。
「朧、元気か?!」
「久しぶり、清晴」
「ちょ、お前、セイって呼べって言ってるだろうが」
豪快に笑う、青年と言っていい年齢の方と、対等に話し合っている下弦さんです。
しかし、このヒゲ面積が多く、がっちりとした体格の方が下弦の従兄弟さんですか……そうですか。
「あ、紹介するよ。従兄弟の上弦清晴。清晴、こちらが有朋雫さんと、天道うららさん」
「はじめまして、この店のオーナー兼デザイナーのセイです。可愛いお嬢様方」
あまり周りにいないタイプの方だけに、わずかに引き気味になってしまいましたが、にっこりと優しく笑う目元が、やはり下弦さんに似てらっしゃいます。少しほっとしました。
「はじめまして、天道うららです」
出された右手に重ねて握手すれば思ったよりもずっとすっきりとした手のひらです。そうして上弦さんが有朋さんへと顔を向けると、ふぁっ、と大きく息を吐き出すと同時に聞こえてはいけない言葉が響きました。
「熊……アロウズの、デザイナーが、この熊ぁ?!」
有朋さん!そこは声に出してはいけないところです!