来世なんていらない

命を握る手

十月になった。

体育祭から一ヶ月は経っていた。

ママが帰ってきた。

日曜日の朝だった。

頬に誰かが触れた感触がして、ボーッと脳が覚醒するのと同時に、ひどく驚いて飛び起きた。

「ま…ママ…?」

「まつり」

「どうしたの、その痣」

顔には紫色の痣が出来ている。
ママは私の質問には答えなかった。

「おばあちゃんのとこ、行ったんだって?」

バレた。
思ったよりもバレるのが早かった。

おばあちゃんの家に行ったのは先週だ。
遂に財布の中身が限界になって、バスに乗って、祖父母に会いに行った。

「お手伝いするからお小遣いちょーだい」なんておどける余裕も無くて、開口一番「食費をください」なんて口から飛び出してしまった。

行天した祖父母は私に事情を問いただした。

ママの気性は理解していたけれど、ここまでとは思っていなかった祖父母は激怒した。

帰り際、祖父母は私に一万円札を握らせた。
大金だった。

スーパーでお米と海苔と卵を買った。
もっと買う物はあったはずなのに、とにかくお米が食べたかった。

まだその時のお米を食べ続けているから、祖父母に貰ったお金はけっこう残ってる。

また奪われるのだろうか。

身構えたけれど、ママはいつもの鬼の形相にならなかった。

「ママ…?」

「まつり、ママを殺したいでしょ」

「殺したくないよ」

「ママが憎いでしょ」

「どうしたの…」

ママが私に近付く。
息が止まりそう。
体が強張った。

ママは、私を殴らなかった。

私を抱き締めるママ。
何が起きているのか理解出来なかった。

「実家に行ってきた。あんたの様子を聞いた。動画を見せられた」

「動画…?」

私は全然知らなかったけど、祖父母の家では最近になって、防犯対策で玄関先にカメラを設置していたらしい。

音声も入るやつで、ママが見せられた動画にも私が泣いて懇談する姿がばっちり映っていた。

ママを責めないで。
我慢すれば、頑張って生きてればいつかママは解ってくれる。

そう繰り返す声が撮れていたらしい。

「なんでママを恨まないの」

「恨んでるよ」

「じゃあなんでいつもやり返さなかったの。その気になれば勝てたかもしれないのに」

「暴力で勝って、意味があるの?」

ママの瞳が揺れた気がした。

会話をしたのはいつぶりだろう。
私の声をママが聞いている。

現実味が無い。
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