雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

ー3ー



* * *


「おお、来たか!」

実家の玄関に入った瞬間に、廊下を駆けて来る足音が響き渡る。使用人を差し置いて、父親が玄関に飛び出して来た。

「おじいちゃま、こんにちは」

幼稚園に入園したばかりの娘の真白(ましろ)が、舌足らずの声で勢いよく頭を下げる。

「真白は偉いなぁ。きちんと挨拶もできるのか。えらいえらい」

どこから声を出しているのかと思うほどの、甘い声。父の部下が聞いたらぶっとぶだろうと思うほどの声音の違いに最初の頃は驚かされていたけれど、もう最近では聞き慣れて来た。

そして、既に、父の部下にも、この”孫バカ”ぶりがばれているらしい。そう倉内から聞いている。

 気付けば、俺と手を繋いでいたはずの真白は、父親の腕の中にいた。その変わり身になんとも複雑な気分になる。でも、それは決しておもしろくないとかそんな狭量な気分ではない。断じて、ない。

「さあさあ、おいで。おばあちゃまが真白のために美味しいお菓子を作っていたぞ」
「おかし?」
「ああそうだ。さっきから甘い匂いがぷんぷんしてる」
「真白、甘いおかし大好き。おばあちゃまのおかし大好きだよ」
「そうかそうか。大好きか。あれ、真白、また大きくなったか?」
「わかんない!」
「そうだな。自分じゃ分からんな」

結局、その会話に意味などなくて。何を言っても、何を返されても、結局父の顔はデレデレと緩みまくるだけの話だ。そんな二人のやり取りを俺と雪野とで見つめていると、今度は父が雪野に視線を向ける。

「雪野さん、そんなところに突っ立っていないで、早くあがりなさい。大事な身体なんだから。ここまで来るのだって一苦労だろう」
「い、いえ。車ですし、もう安定期にも入っています。体調もいいので、大丈夫ですよ?」
「それでも、気を付けても気を付け過ぎることはない。今日は、真白のことは私たちに任せて、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」

ここに来ると、いつもこんな調子だ。父の視界に入るのは、真白と雪野の二人だけらしい。俺の存在は空気と化している。そんな父に、毎回苦笑する。


< 286 / 380 >

この作品をシェア

pagetop