オレンジの片割れ
第1章

海の見える駅

 水曜日の昼間。がら空きの電車。田圃がいくつも通り過ぎて行くのを眺めながら、またやってしまったと思った。
 少し開けられた窓から吹き込む風が、肩にかかった長い髪を吹き飛ばした。リボンやスカートも大きく揺れている。今の時代電車の窓は開かないものが多いと聞くのに、この線路を走るのは未だにほとんどが窓が開く古い型の電車だ。
 長いトンネルを抜けると景色は田圃から海に変わり、枯れ色の草と錆び付いたガードレールがしきりにその景色を邪魔している。
 アナウンスがかかり、電車が停車した。ローファーをコツコツ鳴らして駆け下りる。駅名標のすぐ横のベンチに腰掛けると、海が一望できる。駅名標もベンチも錆だらけで、制服が錆色になってしまいそうだ。だが、そんなのはどうでもいい。海に心を奪われ、それどころではなかった。ここにあるのは、波と風の音だけだった。この海に、私を救って欲しかった。それができないなら、飲み込んで欲しかった。

 少し、太陽が傾いた。1時間に1本の電車が到着し、人が数人降りてきた。そんなに長い時間ここにいたのか、と驚いていると、隣に誰かが座った。よく見ると、着ているのは同じ学校の制服。今は平日の昼間のはず。誰? なんでいるの? 驚いて顔を見ようとするのと、「よ」と声が聞こえたのはほぼ同時。隣には、同じクラスの男子の姿。名前は確か、周(あまね)。あっけらかんとした周と目が合う。
 なんでいるの? 隣に座ったのが誰かを確認して、また同じことを問うた。今度は声に出ていたようで周は反応したが、それに答えはしなかった。
「いいね、ここ。いつも来てるの?」
「気分で、色んな駅にいるかな」
「いいじゃん。楽しそう」
 今は、平日の昼間。学校を抜け出してなんでこんなところに。そう聞かれると思っていた。でも、聞いてこなかった。学校の話は、なにひとつしなかった。

 太陽がまた傾き、電車がやってきた。少ない人の出入りを他人事のように眺め、それが一瞬で終わった。
 彼が口を開いた。
「ねえ、降りてみようよ」
驚いたが、何か言う前に彼は駆け出してしまった。小さな子供のように遊ぶ彼につられて、私まで駆け出していた。制服が汚れるのも気にせず、気がつくと海がオレンジ色になるまで遊んでいた。
「一緒にまた来よう」
そう言ったのは、私だった。
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