3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
やっと楓様がお戻りになられる。
もしかしたら、このまま宿泊をキャンセルされてしまうのではないかとずっと不安だった。
そして、もう会うことすら出来なくなるのかもしれないとさえ恐れていた。
けど、こうして帰ってきてくださった事が嬉しくて。
あれから一度も顔を合わせていないので、気まずさは残るかもしれないけど、兎に角今は早く「おかえりなさい」の言葉が言いたくて。
はやる気持ちを抑えながら、私は玄関先の自動ドアを抜けて外へと飛び出す。
「楓様、白鳥様!」
すると、お二人は既にホテルの入り口前に到着しており、私は慌てて側へ駆け寄ると、珍しく白鳥様は楓様のビジネスバッグを抱えながら、何やら神妙な面持ちで立っていらっしゃった。
楓様も何だか顔色がすこぶる悪く、虚な目をしながら肩で息をしており、立っている事も辛そうな様子だった。
「い、一体どうされたんですか?」
ようやく姿が見れて、言いたかった言葉を伝えようとしたが、明らかに体調が悪そうな状態に、そのことは頭から綺麗に抜け落ちてしまった私はその場で狼狽えてしまう。
「本当に、私も聞きたいくらいですよ」
そんな私を横目に、白鳥様は珍しく呆れたような表情をしながら大きな溜息を一つ吐き、隣に立っている楓様を軽く睨みつけた。
「まったく。昨日は仕事終わりに飲みに行ってそのままホテルに戻らず、会社の仮眠室で夜を明かしてたみたいで。それでそのまま出張して帰ったらこの有様ですよ。本当に一端の役員が何をされているのやら。というか、あなたは本当に幾つでいらっしゃるのやら」
まるで母親のような口振りで、段々と苛立ちが顕になり始めてくる白鳥様のおかげで全貌が明らかになり、納得した私は側で辛そうに息をする楓様の方へ視線を向ける。
「あー……うるさい。もう小言はうんざりだ」
どうやら、これまで散々言われてきたのか。
楓様は思いっきり顔を顰めると、そのまま逃げるようにさっさとホテルの中へと入ってしまわれた。
私は暫く呆気にとられていたが、とにかく早く後を追い掛けねばと思い、白鳥様からビジネスバッグを受け取り、その場で一礼をして踵を返そうとした時だった。
「天野様」
突然背後から呼び止められ、私は首だけを白鳥様の方へと向ける。
「どうやらあの人は今、これまでにないくら荒れている状態です。正直、私でも手に負えなくて困っています。まあ、それでも仕事に支障は出ていないのでまだ救いではありますが」
何を言われるのかと思いきや、相変わらずの呆れた表情で漏らしてきた天野様の不満に、私は生唾を飲み込んでしまう。
まさか、そんな状態にまでなっていたとは……。
一体私の何が楓様をそうさせてしまったのか全く検討もつかないけど、白鳥様の初めて弱音を吐く姿を見た限りだと、ただ事ではないのは確かだと思う。
「何があったのかは知りませんが、とりあえず私ではもう無理なので、あとは天野様に頼るしかございません」
すると、白鳥様は急に真顔に戻ると、何やら真剣な眼差しでこちらをじっと見据えてくる。
「……だから、どうか楓君をよろしくお願いします」
そして、楓様のことを今までとは違う呼び名で仰った事に驚いていると、白鳥様は軽く一礼をしてからこの場を去って行ってしまわれたのだった。