3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
……ああ、まただ。

毎回このパターン。

俺の誕生日祝いの時は、お酒に酔ってこの話をされるのがお決まりになってきている。



「お母さん、飲み過ぎだよ。もうお布団入って寝た方がいいよ?」

「うーん……。分かったから」

こうして酔い潰れるとテーブルに突っ伏してうたた寝をしようとする母親を俺は阻止しようとしていたけど、結局毎回失敗に終わっていたっけか。


「……お母さんが飲んでいるのって何だか良い匂いがするよね」

それから、母親の持つグラスから果実の匂いが漂うお酒が毎回気になり、俺はその度に興味が湧いて鼻を近付ける。

「これはシャンパンっていうの。楓にはまだ早いから、大人になったら一緒に飲もうねー」

それが母親にとって喜ばしい事なのか。お酒を気にする俺の姿を見ている表情は、いつも何処か満足気で楽しそうだった。


このお酒は母親のお気に入りで、仕事終わりやこういうお祝いの席になると決まってこれを飲む。

だから、子供ながらにそのパッケージは目に焼き付いていて、大人になってそれが何なのか分かる程だった。

そして、お酒と一緒にいつも吸っているタバコ。

一応俺を気にかけてくれているようで、吸う場所はいつもベランダか換気扇の下だった。
けど、その後の母親からほんのり香る煙の匂いは、当時の俺にとっては不思議とそこまで嫌いではなく、それも幼い頃の記憶として残り続けていた。



母親は大体明け方に帰ってきて、夕方頃に出勤していく。当時は母親がどんな仕事をしているか全く分からなかったけど、そんな昼夜逆転の生活をしている事に子供である俺は特段気にもならなかった。

父親は俺が産まれた時からいないので、学校から帰ってくると、婆さんがいつも俺の面倒を見てくれる。

以前母親に父親のことを聞いたら病気で死んだとだけ言われて、詳しい話は聞かされず、普通なら遺影や仏壇があって当然なのに、それすら何もない。

けど、俺もまだ幼かったからそれだけで当時は納得していて、陽気な性格である母親との二人生活は特に不自由なく、それなりに楽しい日々を送っていた。


しかし、俺が小学校に上がった頃、一人暮らしをしていた婆さんが亡くなってしまい、それからは母親が仕事に行っている間は近所の友達の家族が俺の面倒を見てくれていたけど、それも月日が経つとその家は引っ越してしまい、最後は一人で過ごすことになってしまった。

始めのうちは寂しかったけど、それも時間が経てば段々と慣れてきて、毎回朝になれば、帰ってきた母親から仕事であった面白い話を沢山聞けるので、そんな生活も俺にとっては特に不満は感じなかった。

学校生活もそれなりに友達はいたし、勉強はしなくても授業で理解出来るからテストの時はほぼ満点が当たり前で、その度に母親は俺を抱きしめて、とても自慢気に頭を撫でてくれる。

休みの日はいつも家にいない分、毎回俺の行きたい場所へと連れていってくれて、今まで足りなかった会話もいっぱいして、沢山笑ってはしゃいで。

学校行事も仕事を休んで積極的に参加してくれたりして。

幸せだった。

別に父親がいなくても、母親がその分俺を沢山愛してくれていたから。

それで十分だった。



____それなのに……。

< 164 / 327 >

この作品をシェア

pagetop