3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
俺が八歳の誕生日を迎える前に母親が死んだ。

過労死だった。

仕事で疲れて帰ってきても、俺の相手をしたり、家事に追われる母親はろくに休む事はせず、休日も俺のために全力で遊んでくれていた。

だから、いくら若さがあったとしても、その過酷な生活に体が耐えきれず、ついに限界を迎えてしまったのだった。


その当時の感情は今でも記憶に残っている。

いつも当たり前だった太陽みたいな存在が突然いなくなり、悲しさと絶望と空虚が続き、俺は生きた心地がしなかった。


こうして母親の葬儀は職場の人達が取り仕切ってくれて、何とか済ますことが出来たけど、問題は俺の引受先。

大人の間では身寄りのない俺をどうするか話し合っていたけど、結局親族は誰もいないので、そのまま児童養護施設に引き渡す手続きを進めていた。


そんな中で挙がってきた、父親の話。

市の職員が俺の生い立ちを色々調べ上げた結果、実は父親は存在していたという事実が発覚した。

それは俺にとっても寝耳に水な話で、ずっと死んだと思っていた父親が生きているなんて、当時は純粋に嬉しかった。

今まで何故母親は父親の存在を隠し続けていたのか、そんな疑問も湧いていたけど、それよりも自分はまだ一人じゃないと分かった喜びの方が圧倒的に勝り、俺はそこまで気にはしなかった。


それから、今度は父方が親権をもつ手続きが進められていき、引き取られる当日、そこで初めて俺は自分の親父と対面した。

凄く背が高くて、冷たくて、厳しそうな人。

最初に抱いた印象はそんな感じだった。

実の親といっても今日初めて会う人間なので、そこまで人見知りをする方ではなかったけど、凄く緊張したのを覚えている。

でも、始めは怖いかもしれないけど、いずれはこの人も母親のように俺を愛してくれるのだろう。そう期待していた。



__けど、そんな期待は浅はかだったと思える程に、そこから俺の人生は大きく狂い始める。


親父と挨拶を交わした時、向こうはとても事務的で、感情がなくて、母親と全く違い、まるで避けるように俺の顔をまともに見ようともしなかった。

何故目を合わせてくれないのか理由が全然分からないまま、俺は迎えの車に案内され、道中一言も親父と会話がない状態で新居へと向かった。


到着した先の家は今までに見たことがないくらい、屋敷のように大きく立派で、暫く圧倒されてしまう。

今まで母親と暮らしていた家は2LDKのアパートだったので、その何十倍もの規模に、本当に自分はこれからこの家で暮らすことになるのかとなかなか信じることが出来なかった。

そして、俺の父親はとんでもなくお金持ちなんだと、子供ながらにそう確信して、その時は尊敬の眼差しで見ていたような気がする。

けど、そんなお金持ちの人が何故俺達をずっと放置し続けていたのか。その謎が明らかになるのにそう時間は掛からなかった。


屋敷の中に入れば、数名の家政婦が出迎えてくれて、そのまま俺の部屋へと案内してくれた。

広くて長い廊下を歩いている間、高そうな大きな絵画があったり、置物があったり、豪華絢爛な内装に終始圧倒されながらも、なかなか自分の部屋に辿り着くことが出来ず、ようやく突き当たりの隅にある扉の前へと立ち止まった。

そこは他の部屋からだいぶ離れていて、何だか隔離部屋みたいな雰囲気に、当時の俺は不安に苛まれていた。

それでも、一人よりは全然マシだと思って中に入れば、そこにはベットと机と棚しかなく、何とも寂しく、殺風景な部屋だった。

とりあえず、まずは荷解きをして、ある程度片付いたところで今度はリビングへと案内された俺は、そこで初めてこの家の全貌を知ることになる。
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