3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから、楓様が戻ってくるまでの間、私は自分の体調管理も怠ってはいけないと、出来る限りの休息をしっかりと取り、万全を期して楓様のお帰りを心待ちにする。

早く帰ることを承諾して頂いたけど、本当にちゃんと実行してくれるのやら。

楓様のことだから、何だかんだやはり無理をしてしまうのではないかと。

刻々と時間が進むにつれ、悶々とする気持ちが膨らみ始めようとしたところ、突如携帯の着信音が鳴り響き、私は慌てて手を伸ばした時だった。

鳴っているのは社用ではなく、私用の方で、期待していた分私はがっくりと肩を落とす。

一体どなたからなのか、勤務中に珍しく鳴る自分の携帯を手に取り、画面を確認した瞬間、私はそこで固まってしまう。

そこに表示されているのは“楓様”の文字で、まさかの本人からの連絡に、携帯を持ちながら唖然としてしまった。

「お待たせして申し訳ございません。楓様どうされましたか?」

なんて、そんな事をしている場合ではないと。
私は我に返り慌てて電話に出ると、早さを増していく鼓動を落ち着かせるため、小さく深呼吸をする。

「もうすぐ仕事終わりそうなんだけど、そっち戻ったらそのまま風呂入りたいから準備しといて」

いつもは白鳥様からしか来なかった帰宅連絡を楓様から直々に頂けるなんて。
半ば信じられない気持ちになりながらも、何だかんだ初めての通話に、抑えていた鼓動がまたもや高鳴り始めていき、私は電話口から聞こえてくる楓様の声を愛しく思いながら耳を傾ける。

「はい、かしこまりました。ご用意してお待ちしておりますので、早く帰ってきてくださいね」

しかも、何やら本当に夫婦みたいな会話をしているような気分になり、もはや口元は緩みっぱなしだ。

それから、直ぐに通話が終了し、表示から楓様の文字が消えた後も、私は暫く余韻に浸りながら携帯を握りしめる。


早く会いたい。

そんな、はやる気持ちがつい言葉に出てしまったけど、それはもう致し方ないと割り切った私は、一刻も早くお迎えする準備をする為、待機部屋から勢いよく飛び出して行った。


そして、前回同様リラックス効果のある入浴剤を厳選して、まだ部屋主が戻っていない3121号室の中へ入ると、早速浴室へと向かい、浴槽にお湯を溜め始める。

最初こそ心配したけど、しっかり早い時間に仕事を切り上げて下さったことに私は安心しながら、上機嫌にお湯の中へと用意した入浴剤を入れていく。

この時間であれば、夕食をしっかり召し上がって頂けそうなので、今日のメニューは何にしたらいいいかと、その間に色々思考を巡らせていると、玄関の扉が開く音がして、私は背筋をピンと伸ばした。

お風呂の準備が整い、リビングへと向かうと、丁度スーツの上着を脱ぎ始めようとする楓様の姿に、小さく胸が高鳴り始める。

「楓様おかえりなさいなさいませ。今日もお仕事疲れ様でした」

とりあえず、脱いだ上着をハンガーにかける為に、私は急いで彼の元へと駆け寄りそれを受け取った。

「ただいま」

それから、ネクタイを外しながら、やんわりとした表情で返事を頂けたことに、不覚にも私の心臓は大きく跳ね上がってしまう。

おかえりなさいという挨拶に対して初めて“ただいま”と仰って下さった。

今まではそんな言葉が返ってくるなんて、絶対に考えられなかったのに。

先程から連発する初めてに私はドギマギしながら、これ以上動揺してはいけないと気持ちを落ち着かせるため、密かに深呼吸をする。

「お風呂の準備が整いましたよ。それと、今日のお夕食は何かご希望のメニューはありますか?」

それから気を取り直して、上着をハンガーにかけた後、楓様の方へと向き直すと、気付けばすぐ側で立っていて、壁に寄りかかりながら腕を組んでこちらをまじまじと見つめていた。


「あ、あの……どうかなさいましたか?」

なぜ凝視されているのか訳が分からず、頬に熱を帯びていくのを感じながら、おずおずと尋ねてみる。

「なあ、美守って料理するの?」

何を言われるのかと思いきや、突拍子もない質問に、私は思わず間の抜けた声を発してしまう。

「はい。家では自炊をしていますから。料理は結構好きですよ」

むしろ、得意分野でもあるため、私は笑顔で自信あり気に大きく頷く。

「バトラーサービスって頼めば料理もしてくれるわけ?」

「えっ?料理……ですか?」

すると、またもや予想外の質問に驚いた私は、目を点にしながら、暫しの間考え込んでしまった。

「そうですね……。基本お客様のご要望であれば何でもお応えは致しますが、前例がないもので……」

この部屋にはキッチンも備えられているし、基本的な調理器具も取り揃っているので、食材の調達さえ何とかなるなら出来なくはないのかもしれないのだけど……。

「まあ、いいや。今の話は忘れてくれ。夕飯は適当な時間に。メニューは美守に任せるよ」

色々と思考を巡らせていると、急に話を完結させられ、さっさと浴室へと向かわれてしまった為、私は呆気にとられながらその場で立ち尽くしてしまう。
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