3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「楓さ……んは嫌いなものはありますか?」

野菜を選びながら危うくまた“様”と言いそうになるのをすんでのところで止めて、かなり不自然な間が空いてしまったけど、何とか軌道修正出来たことに安堵の息を吐く。

「特にないな。拘りもないし。だから俺のことは気にしないで、後は美守の好きなように選べばいいから」

そして、とても穏やかな表情でそう仰って頂けた事が嬉しくて。私は笑顔で頷くと、お言葉に甘えて自分の好きな食材を取り入れることにした。

「それなら、食後のフルーツは楓さんが選んでください」

流石に全部自分の好きな物にするという訳にもいかないので、所々楓様の好みも取り入れたりと。

こうして徐々に必要な食材が揃い始めて行く中、一際賑わいを見せている魚肉売り場に辿り着くと、所々で試食販売がされていて、通りかがる度に良い匂いが漂ってくる。

それを楓様は何だか落ち着かない様子で眺めていらっしゃるので、私はもしやと思い、試食販売の前で立ち止まった。

「おひとつ召しがってみますか?」

それから、店員さんから野菜のベーコン巻きを貰うと、私はそれをそっと彼に差し出す。

「……あ、ああ」

楓様は少し躊躇いがちに受け取ると、徐にベーコン巻を口に運び、暫く無言で咀嚼する。

「美味い」

そして、飲み込んだ後、何やらとても嬉しそうな笑顔を向けてきたので、私は不覚にもその表情に魅せられてしまう。

「子供の頃こういうのが好きで、よく端から端まで回っていたんだ。流石に今はもうしないけどな」

全体を見渡しながら、楓様は何処か懐かしむような面持ちでそう仰る姿を見ていると、自ずとお母様が生きていた頃の話なんだということが分かった。

ご自分が幸せだった事を振り返っている時は、こうしていつも楽しそうな表情をされているので、きっとスーパーは楓様にとって良い思い出の場所なのでしょう。

そう思うと、何だか胸が締め付けられる想いに駆られ、私は気付けばカートを押す楓様の腕に手を伸ばしていた。

そのまま腕を組むように側へと寄り添い、またもや大胆な行動に出てしまったとは思いつつも、楓様に触れると心地良くて、はにかんだ笑顔で彼を見上げる。

楓様もそのまま私を受け入れて、優しい笑顔を返して下さり、この一時がとても幸せに感じた。
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