3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「その必要はありません」

その時、これまでずっと沈黙を保ち続けていた楓さんは静かにそう言い放つと、二人の視線が一気にこちらに集中する。

「その告発者は俺です。これまで兄さんの動向をずっと監視していた結果を示したまでです。なので無意味な捜索はやめて下さい」

それをものともせず、何食わぬ顔で堂々と白状する楓さんの凛とした姿に私は不謹慎ながらも一瞬見惚れてしまう。
けど、そんな私とは裏腹に、衝撃的事実を聞かされ何も言葉が出ない東郷代表と奥様は、目を大きく見開きながらその場で固まってしまい楓さんを凝視する。

「……な、何を言っているんだ?まさか、お前は身内を売ったのか?」

それからようやく口を開いた代表の声は震えていて、みるみるうちに顔色が真っ青になっていく。

すると次の瞬間、楓さんの隣に座っていた東郷代表の奥様は突然楓さんの胸ぐらを掴むと思いっきり平手打ちをしてきて、今度は私がど肝を抜かされてしまった。

「あなたはまだ私達を苦しめるの!?これまで苦痛に耐え続けて何とか受け入れてきたのに、その恩を仇で返すつもり!?」

その気迫に空気がビリビリと震え、奥様は大粒の涙を溢しながら鬼のような形相で、心からの憎しみを込めて楓さんに怒号を飛ばす。

私はその迫力に負けて一瞬身動きが取れなかったけど、彼女のあまりの理不尽な言い分に同じように怒りが込み上がってきて、徐々に思考回路が動き始める。

「こんな仕打ちを受けると始めから分かっていたなら、あの時いっそのことあなたを本当に殺しておけばよかったっ!」

そして、まさかの信じられない非道な暴言を吐き、一向に表情一つ変えない楓さんに向かって更に平手を打ちをしようと手を上げたところで、私は咄嗟に身を乗り出して全力でそれを阻止する。

「やめて下さいっ!これ以上楓さんを傷付けないで下さいっ!」

「何するの!?あなたには何も関係ないでしょうっ!」

確かに出しゃばった行為であるのは承知の上だし、余計に彼女を逆撫でしてしまうのは分かっているけど、それでも到底静観することなんて出来ない私は、とにかく彼を守りたくて必死だった。

「……二人とも、行動を慎め」

そんな取り乱す私達を静かに眺めていた代表は冷静な態度で重々しくそう告げると、途端に奥様は我に返ったように手を引っ込め、落ち着きを取り戻して言われるがまま黙って自分の席へと座り直す。

そのあまりの豹変ぶりに一瞬面を食らってしまうも、私も場の空気を乱してしまったことに対して無言で頭を下げると、静かに自分の席へと戻った。

あんなに逆上していても、代表の一言でここまで大人しくなってしまうなんて。
おそらくこの家の代表の地位はよっぽど偉大なものなのでしょう。
どんな事があっても誰も口出し出来ない。だから、彼女の怒りの矛先は全て楓さんに向いてしまう。

この一連の出来事だけで東郷家の裏事情が分かった気がして、私はなんともやるせない気持ちに体が震えてくる。


「それで改めて聞くが、お前はどういうつもりで竜司を告発した?それによって損害を被ることは分かっているだろ。まさか、ただの正義感だけで動いたわけではないだろう?」

それからこの場が落ち着いたところで、東郷代表は下を向いたままずっと黙った状態の楓さんを威嚇するような目で睨み付け、声を低くして静かに問いかけると、暫く口を閉ざしていた楓さんは突然不敵な笑みを浮かべて代表の方へ視線を戻す。

「それは正当な理由で婚約破棄させる為です。後は前々から狙っていた代表の座に就くという目的もありますが。それよりも、俺はもうこの会社の駒になるつもりはないので、ただ自分が進むべき道を選択した。それだけです」

そして、一寸の迷いもなく凛とした表情でそう断言してきた彼の言葉に、私はその場で胸を打たれた。

以前御子柴マネージャーにも言われたけど、確かに楓さんは自分の幸せに対して真摯に向き合おうとしている。

出会った当初はそれについてとても忌み嫌っていたのに、ここまで変わる事が出来た喜びと、それに少しでも関与できたこれまでの自分の行いを改めて思い返し、こんな殺伐とした空気であるにも関わらず、私は感慨深い気持ちに涙まで溢れそうになってきた。
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