3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「僭越ながら改めてご挨拶いたします。天野美守と申します。この場でこんな事を申し上げるのはとても不謹慎であるのは重々承知の上ですが、楓さんとは良好なお付き合いをさせて頂いております」

お陰で先程までの緊張感は怒りの感情によって吹き飛ばされ、逆に堂々と振る舞える自分に我ながら関心すると、お二人の威圧的な雰囲気に負けじとはっきりと私達の関係をその場でお伝えする。

「本当に不謹慎極まりないな。君のお陰でどれだけ狂わされた事か。……まあ、今となってはもう関係なくなってしまったけど、正直あまり顔を見たくはない」

そんな私に対して、東郷代表は射抜くように睨み付けてきて、流石の私も少しだけ怖気付いてしまう。

「彼女のせいではありません。これは全部俺が選んだ事です。なので、無闇に彼女を蔑む言い方はやめて下さい。それよりも、今後の問題を解決することが先決ではないのですか?」

それを庇うように楓さんは私の前で立ちはだかると、終始冷静な態度で静かに諭していく。

「…………そうだな。とりあえずそこに座れ」

それから暫く東郷代表は私達を黙って凝視すると、不意に視線を外し、顎を使って指示をしてきたので、とりあえず言われるがまま私と楓さんは東郷代表の奥様の隣に座った。

「竜司の事は分かっていると思うが、起訴された後直ぐに手続きをして保釈させる。本人も反省しているようだし、向こうもそれなりの金額を出せば直ぐに応じるはずだ。後は今後の経営に関する事だが、流石に前科者に継がせるわけにはいかないから、お前が後の代表となる心づもりはしておけ」

そう淡々と語る東郷代表の話を、楓さんは表情一つ変えずに黙って耳を傾ける。
その横では東郷代表の奥様の体が徐々に震え出し、拳を握りしめながら目に涙を浮かべていた。

そこからひしひしと感じ取られる、負の感情。
今彼女の心の中ではどれ程に怒りと悔しさで満ち溢れているだろうか。

愛する息子が捕まり、代表となる資格を剥奪され、代わりに婚外子である楓さんがこの家を継ぐことになる。
これも全て彼が長年目論んでいた事であり、つまりは、彼の復讐が今ここで完遂されることとなる。

その瞬間を私は目の当たりにしたのだけど、それはあまり気持ちが良いものではなかった。
確かに、私は楓さんの全てを知っているわけではないので、そう捉えるのも仕方のない話だとは思うけど、客観的に見てもやはり復讐というものは決して良いとは言えない。

でも、それで長年抱えていた楓さんの恨みが晴らされるのであれば、私はそれを静かに見届ける。
そのつもりでここまで付いて来たのだから、私が彼らの事情についてとやかく言う資格なんて何処にもない。

そう思いながら、私は楓さん達の様子を黙って静観し続けた。


「それと、この件を告発した者を徹底的に調査するつもりだ。確かに間違ったことではないが私達の脅威でもある。だから、今後の見せしめとしてその無知な人間を見つけ出してそれ相応の対処をするつもりだ。だから、お前も何か情報が入れば私に直ぐ報告するように」

すると、まさかの身の毛がよだつような東郷代表の指示事項に、私は一社員として驚きを隠せなかった。

不正を働いたのだから、そこで改心していくのが習わしではないのかと思うのに、それと逆行するだなんて。
そんな事をすれば社員の勤務意欲に大きく影響を及ぼしそうなのに、この方には一切響いてこないというのだろうか。

それ程までにこの会社は大きく収入も安定しているので、もしかしたら大半の人間はそれに順じてしまうのかもしれない。
けど、その弱みに漬け込んで平然とそんな事が言えるだなんて。

東郷グループは信頼と実績が大きな武器であって、私もそれを誇りとしていたのに、それと真逆であるこの代表の人間性に多大なる失望と不信感を抱いた私は、気付かれないように密かにじっと彼を睨み付けた。
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