らんらんたるひとびと。~国内旅編~
 誰にでも、秘密は一つや二つ持っている。
 髪の毛と身体を洗って。
 ようやく、ありつけた温泉に心も体もほぐれていく。

 この旅館には、大浴場が2つある。
 1つは、お客様用で。
 もう1つは、従業員や特別な時に使用されていて、女将の許可が必要な大浴場。
 私は女将の許可を取って、大浴場に一人貸し切り状態で入っている。

 建物から少し離れているせいで、この大浴場の存在に気づく人は少ない。
 あー、女将に感謝。
 もうすぐ夜が明ける。
 空を見上げて、ふうとため息をついた。
 これから、また一日が始まる。

 がらがらがらと、戸が開く音がして。
 女将でも入って来たのかなと振り向くと。
 湯煙の中から、ぬう…と全裸で現れた鈴様に最初は夢かと思った。
 ちゃぽんと音をたてて堂々と入ってきた鈴様に、やっぱりこれは夢かとぼんやりと眺めてしまう。
 黙っていれば、良い男なのだ。
 背は高いし、顔は整っているし。
 こんな美青年を見たことがない。
 そう、絵画を見るようにうっとりと見ていると。
 鈴様と目が合った。
「温泉というのは、良いものだな」
 …うん?
 バッキバキに鍛えられた身体を見ているうちに、
 おかしくないか…と気づいた。
「あの、鈴様。なんで、ここに?」
「温泉に入りに来たに決まってるだろ」
 …そうじゃないよ。
 どうして、昨日入った浴場に行かないんだよ。

 現実だと理解すると、温まっていた身体がすうーと冷えていくのを感じた。
 だいぶ明るくなってきている。
 鈴様と距離を取っているとはいえ、丸見えだ。
 本当に女性を知らないんだな、このボンボンは。
 こんな美人が風呂に入っているというのに、何事もないように平然とした態度で風呂に入っている。
 女性が裸でいる姿を見たら犯罪だということをこの男は知らないのだろうか。
 一気に、憤慨してきたけど。
 相手は鈴様だ。
 常識がわからない可哀想なお坊ちゃんなのだ。

「鈴様、私お風呂を出るので。後ろ向いててもらえます?」
「何で、後ろを向かなければならない?」
「女性の裸を見るのは犯罪です! 習ったでしょ、学校で」
 関わりたくない…絶対にこんな坊ちゃんと関わりたくない。
 イケメンだから眺めているだけで充分だ。
 そおっ…と鈴様から離れて、お風呂から上がろうとするが鈴様は後ろを向かない。
「その傷はどうした?」
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