転生アラサー腐女子はモブですから!?
 確かに最近までは、リアムを仲の良い幼なじみくらいにしか思っていなかった。だからこそ、一年前、騎士団宿舎の医務室でキスをされ、『好きだ』と告白されても、本気にしていなかったのだ。いつもの揶揄いだと思っていたからこそ、デビュタントの夜会で、一年前のキスの事をリアムから言われた時も、すっかり忘れていた。

 アイシャにとってリアムとは、キースやノア王太子とは全く違う存在だ。剣の腕を上げるためにリアムと一緒に過ごした数年間は、男女の垣根を超えた友情を彼と育んで来た時間だと思っている。当時、男女の関係を意識させる様な行動を、リアムが取ったこともなかった。あの医務室でのキス以外は。

 しかし、あの夜会を機に、友人だと思っていたリアムが変わった。

 友人だと思っていた数年間では気づかなかった、大人の男としてのリアム。

 ふとした瞬間に見せる彼の表情や仕草に、胸が高鳴り落ち着かなくなる。切なそうに細められる瞳や甘さを含んだ声でささやかれる言葉に胸がドキドキしたり、特別な女性のようにエスコートされる近しい距離に、心がフワフワと浮き足立つ。今だって、力強い腕で引き寄せられ、心臓がおかしなくらい早鐘を打っている。

(こ、このドキドキは違う。階段から落ちそうになったから、ドキドキしているだけよ!! リアム様に、だ、抱きしめられているからじゃない! 絶対に違うんだから……)

 リアムの腕の中で、アイシャの顔は沸騰しそうなほどに熱くなっていく。共に剣を握っていた時には感じなかった感情が、アイシャの心の中で芽生えはじめていた。

「リ、リアム様、もう大丈夫です」

 両手でリアムの胸をそっと押せば、スッと離れて行く距離に寂しくなる。心に去来した感情を持て余し、誤魔化すように、アイシャは言いつのる。

「そんな事より……、リアム様は、お出かけですか?」

「いや、特に用事があったわけではないんだ。アイシャの帰りがいつもより遅かったから心配になってね。何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかと思って、部屋を飛び出して来てしまった」

 そう言って笑うリアムの優しい表情に、アイシャの鼓動がまた、一つ跳ね上がる。

「その様子だと、特にトラブルに巻き込まれたわけでは、なさそうだね。とっても楽しそうに歩いていたみたいだし、私に気づかないほど、どんな楽しい事を考えていたのかな?」

 心配で部屋を飛び出したなんて……、そんなこと言われたら、嬉しくなっちゃうじゃない。

 サラッと言われた甘い言葉に、アイシャの顔が赤に染まり、それを隠すため慌ててうつむく。

(社交辞令よね。そんなのわかっている。本当、揶揄わないでよ)

「アイシャ、顔が真っ赤だよ。少しは、私のことを意識してくれているのかな?」

「えっ?」

「ふふふ、なんでもないよ。立ち話もなんだから、カフェにでも行こうか」

『やっぱり、揶揄われただけか』と、内心の落胆を隠すようにキュッと握った手を、リアムがつかむ。さっと繋がれた手を見つめ、心の中に巣くった悲しみは一瞬で消え去ってしまう。

 リアムに手を引かれ、階段を降りる。

 自分の手を引き先に進むリアムの端正な横顔を見つめ、冷めない頬の熱に、心まで熱くなって行くのを感じていた。

(このまま沸騰して消えちゃいそう……)

 友達ではない距離感が、ただただ嬉しかった。
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