転生アラサー腐女子はモブですから!?
『白き魔女』というネームバリューは確かに魅力的だ。しかし、彼女と築く未来を想うと単純に嬉しかった。王太子妃となった彼女が、未来で巻き起こす騒動が己の治政に良い影響を与えてくれるかもしれない。そんな事を考えるだけで、心が踊った。しかし、同時に彼女の良さを潰し兼ねない現実に震えた。それ程までに、王太子妃の責務は重い。自由などないと言ってもいい。

 婚約者候補を決める権利がリンベル伯爵家側に有ることに、内心ホッとしていた。もし、アイシャが王太子妃という柵を超え、自分を愛してくれるなら、彼女を全力で守ろうと、本気で思っていた。

 リアムが、現れるまでは……

 アイシャを王太子妃に出来たら己の治政は大きく変わったかもしれない。本来であれば、あらゆる手段を使ってでも、手に入れたい。それ程までに、『白き魔女』というネームバリューは絶大だ。

 今や、お伽話の中でしか存在しない『白き魔女』は、国民誰しもが知る伝説的な存在だ。魔法を操り、あらゆる人や物にその力を分け与え、未知の能力を発揮させる。しかしその魔法は、魔女の命を削ると言われている。何百年も前、まだこの国が他国と争っていた頃、魔女の力は、その時の権力者の意のままに使われ、次々と彼女達は命を落としていった。

 死んでいった魔女達の命の上に成り立った国は、代償として魔女を失った。時の覇者は、魔女を失って初めてその貴重さ、大切さに気づいたのだろう。だからあんな伝承を残した。わずかに残る魔女達を守るために。

『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者となる』

 この伝承を残した、時の覇者をバカかと思う。これでは、わずかに残る魔女の争奪戦になるのは、目に見えている。結果として、リンベル伯爵家の白き魔女しか残らず、その白き魔女ですら滅びてしまった。

 しかし伝承だけは、人から人へと伝えられ、いつしかお伽話となり国民誰しもが知る『白き魔女』の伝説が作りあげられてしまった。

 アイシャが、本物の『白き魔女』である事は疑いようもない事実だ。しかし、彼女が白き魔女であると社交界に知れ渡れば、アイシャを巡る争奪戦が巻き起こることは確実だ。そんな貴族同士の醜い争いに巻き込まれ、彼女が疲弊し、精神を病んでしまうことだけは、避けなければならない。

 アイシャの屈託のない笑顔を思い出す。

(あの笑顔だけは、守りたい)

 そのためにも、グレイスを利用する価値はある。彼女が善なのか悪なのかなど、どうでもいい。金と権力を貪るドンファン伯爵は、必ずウェスト侯爵家からの婚約の打診に飛びつくだろう。

 グレイスが本物の『白き魔女』だと分かれば、ドンファン伯爵だけ切り捨てればいい。偽物だと分かれば、二人一緒に闇に葬り去ればいいだけの話だ。

(リアムの腕の中、存分に踊り、正体を見せてもらいたいものだよ。グレイス嬢……)

 優秀なリアムのことだ、愛するアイシャのために良い仕事をしてくれるだろう。

(くくっ……、その間に、アイシャが誰に心変わりしても責任は取れないがな。果たしてリアムとアイシャの愛は本物なのか?)

 高みの見物と決め込んだノアの不気味な笑いが、いつまでも執務室に響いていた。
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