転生アラサー腐女子はモブですから!?
「失礼致します。セス・ランバン様がお見えですが、お通し致しますか?」

「あぁ、入れてくれ」

 厄介な男が来たものだ。

 侍従の声と共に黒髪黒目のスラっとした男が入って来る。柔和な笑みを顔に貼り付けてはいるが、眼光の鋭さと得体の知れないオーラが只者ではない雰囲気を醸し出していた。

『セス・ランバン』

 ランバン子爵家の長子であり、次期当主。そして、ノアが『血の契約』を交わさねばならぬ者。

 ランバン子爵家は、特殊な性質を持つ家である。昔から王家の暗部と深い繋がりを持ち、様々な情報を王家へと流す役割を果たして来た。しかし、王家の諜報機関とは別組織であり、利害関係によっては裏切る可能性を秘めた扱い辛い家でもある。

 父王とランバン子爵家現当主が『血の契約』を結んでいる現在は、王家とランバン子爵家は良好な関係を築いている。しかし、ノアの治政でも同じとは限らない。目の前の男が、次期ランバン子爵となる者なだけに、慎重な対応を求められる。

(コイツを敵に回すのは、得策ではない)

「ノア王太子殿下、無駄な挨拶は省かせてもらいますよ。定例報告です。ドンファン伯爵にも、グレイス嬢にも目立った動きはございません。グレイス嬢の白き魔女としての真価に関しても分かった事は特にありません。以上です」

 毎回聞く同じ文言に、ノアは辟易していた。グレイス専属執事の立場で、何の情報も持ち合わせていないとは、あまりにもおかしい。目の前の男は、あえて情報を隠しているのだ。ただ、今の状況では、これ以上の情報の開示は難しい。

「そうか……、分かった。帰ってよい。では、一週間後の定例報告でな」

 目の前の男が踵を返し、扉へと歩き出す。

「セス、少し待ってくれ。伝え忘れたことがあった」

 ドアノブへとかけた奴の手が止まり、それを見ていたノアの口角があがる。

「なんでしょうか? ノア王太子殿下」

「近々、ウェスト侯爵家のリアムとグレイス嬢の婚約が発表されると思う。裏の情報を牛耳るランバン子爵家でも尻尾を掴めないドンファン伯爵家の内情を暴くために、リアムを送り込むことにした。もちろん、グレイス嬢の『白き魔女』としての真価を探る目的だ。流石に婚約者には正体を現すだろうからな。セスもリアムに協力してやってくれ」

 己の声に動きを止めた男が、ゆっくりとこちらへと振り向く様を見つつ、笑みが深くなる。

 どうやら、自分の考えは当たっていたようだ。
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