転生アラサー腐女子はモブですから!?
 胸を迫り上がる恐怖感に焦りだけが募り、馬のスピードを上げるため拍車をかける。裏路地をかけ抜け、開けた場所に出た時だった。キースは、路地の真ん中で放心状態で座り込むアイシャを見つけた。

「アイシャ!!」

 馬から飛び降りたキースは、急ぎアイシャに近づき、背後から彼女を抱きしめる。しかし、キースの呼びかけにアイシャが答えることはない。彼女は、虚な目をして、前を見つめ泣き続けている。

 アイシャの瞼がゆっくりと閉じていく。そして、コト切れたかのように、キースに身を預け、アイシャは意識を手放した。

 ぐったりと横たわるアイシャの身体を抱き上げたキースは、近くでゴロツキ三人を縛り上げていた部下を呼び寄せ、馬車を用意するよう指示を出す。

(見たところ大きな傷、出血はないが、ナイトレイ侯爵家に連れ帰り、早く侍医に見せた方がいいだろう)

 そんなことを考えながら、辺りの状況をざっと確認していたキース元へと、アイシャの護衛につけていた密偵が近寄り膝を折る。

「キース様、ご報告してもよろしいでしょうか?」

「アイシャに何があった? あのゴロツキ三人が、アイシャを襲ったのは間違いなさそうだな。しかし、死んではいないが、かなりの傷を負っている。アイシャが奴等を倒したとは思えない。アイシャ以外に誰がいた?」

「ウェスト侯爵家のリアム様がアイシャ様を助けられました。ゴロツキ三人を倒したのもリアム様です」

 何故、リアムがアイシャの危機に出くわすんだ! やっと最近、俺へ意識が向いて来たと言うのに……

 密偵の報告に、怒りが噴き出しそうになる。一気に膨れ上がった殺気に、場の空気が一瞬で変わり、側で膝をついていた密偵の身体がわずかに揺れる。手練れの密偵ですら威圧するほどの殺気を、なんとか抑え、キースは冷静になれと自分に言い聞かせる。

――――アイシャには好きな男がいる。

 漠然とそう感じたのは、初めて彼女がナイトレイ侯爵家に来た日だった。

 太陽のように明るく、笑顔を絶やさないアイシャが初めて見せた涙。それを見たあの日、アイシャの心に居座る男の存在を知った。

 ノア王太子とリアムが婚約者候補を降り、二人が別の令嬢と婚約したと社交界を賑わすようになると同時に、アイシャは家に引き篭もってしまった。初めてナイトレイ侯爵家に来た時も、婚約話を破棄させる算段だったのだろう。

 あの時、無理に笑顔を作り、俺の手を離そうとするアイシャを見て、切なさで胸が苦しくなった。それと同時に、彼女を苦しめる存在に怒りが爆発しそうだった。

 そして、ノア王太子とアナベルの婚約披露パーティーでの一幕、バルコニーで踊っている最中、突然アイシャの様子がおかしくなり泣き崩れた。ただならぬ様子に辺りを見回し気づいたのが、階下にいるリアムとグレイスの存在だった。

 アイシャはリアムが好きなのか……

 漠然と感じていた想いが確信へと変り、アイシャを捨ててなお、彼女の心に居座り続けるリアムの存在に嫉妬した。

 そして、アイシャは今もリアムを想い泣いている。

 目を閉じたアイシャの頬に残る涙の跡を指で辿る。今でも彼女の心を支配しているリアムの存在が憎い。

 紛れもない嫉妬心。

 腕の中のアイシャを抱き締め、涙の跡に誓いのキスを落とす。

 必ずアイシャの心からリアムを追い出してみせると……

「アイシャをナイトレイ侯爵家へ連れて行く。馬車は用意できたか?」

「はい。あちらに」

 近くに待機していた密偵の言葉に、アイシャを連れ馬車へと向かった。
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