転生アラサー腐女子はモブですから!?
 グレイスが貴賓室へと籠ってから数日後、執務室で仕事を片付けていたノアへと一通の手紙が手渡された。王家の紋章が刻印された封筒と便箋は、予知のためグレイスへとノア自ら手渡した物だ。決して偽装が出来るものではない。

 仕事の手を止め、椅子から立ち上がったノアは陽の光が差し込む窓際へと向かい、届けられた封筒の封を切り、便箋を取り出し開く。

『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』

 侍従を通しグレイスから届けられた手紙を読み、深いため息をこぼす。

(やはりグレイスは、アイシャを殺すつもりか……)

 ノア自身が仕掛けた罠だったとしても、大切な女性が標的にされた事実に、心にわずかな動揺が走る。

 アイシャが危険に晒されるとリアムが知ったら、彼はどう出るのか……

 アイシャとリアムの仲を裂き、悪女と婚約させた上、愛する女性を危険にさらす可能性を秘めた罠をグレイスに仕掛けたと知ったら、リアムは激昂するだろう。

 リアムはただひたすらにアイシャの幸せを願っている。たとえ自分の想いが報われないとしても。

(私は、最期まで愛し合う二人に酷い仕打ちをするのだな……)

 リアムに対するアイシャの想いに気づいた時に、己の中に生まれた狂気。どんなに想いを寄せても、アイシャとは結ばれないと思い知ったあの時、自分は何を思った?

『なぜ、自分だけが我慢しなければならないのか』

 王族でなければ、王太子という立場でなければ、そして、アイシャの愛する人が、己の治世では欠かせない存在となる神童、リアムでなかったなら。考えれば考えるほど、己の置かれた立場や、報われることのない想いに、憤りだけが心の中に蓄積していった。

 結局のところ、愛する二人を引き裂くことでしか、己の心に積もった怒りを収めることが出来なかったのだ。そして、暗く濁った心を慰めることが。

(私は、弱いな……)

 愛するアイシャと引き離されてなお、アイシャのことを想い、泥を被り続けるリアム。きっと、リアムは、アイシャが幸せであれば、己がどうなっても構わないと思っているのだろう。たとえ、アイシャと結ばれる未来がないとしても、彼女が幸せであればそれでいいと。

(愛する女性の幸せを願い、身を引くなんて芸当……、私には出来ないな。きっと私は、一生リアムには勝てない)

 リアムの様にはアイシャを愛せない自分に、自嘲(じちょう)するしかなかった。
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