転生アラサー腐女子はモブですから!?

前世の記憶【クレア視点】

 とうとうこの時が来てしまった。アイシャに私の前世を話す時が……

『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』

 私室のソファに座り、今朝方、侍従から渡された兄からの手紙を読んでいたクレアの手が、怒りで震える。

 ノア王太子から聞かされた不穏な予言。グレイスが、『さきよみの力』を使い行った予知は、クレアにとって耳を塞ぎたくなるほど、衝撃的なものだった。もちろん、クレアはノア王太子と同じく、グレイスに『さきよみの力』があるだなんて信じていない。

(あんな、誰にでも尻尾をふって、男を手玉に取るような女が、伝説的な白き魔女なわけない!)

 クレアの知る乙女ゲームのヒロイン『グレイス』とは明らかに違う破廉恥な令嬢グレイス。確かにゲームの中のグレイスも攻略対象者三人に対して、優柔不断な態度を取る。しかしそれは、自身の出自に劣等感を持つ彼女が、三人からのアプローチに戸惑い、取ってしまった行動だ。決して、現実のグレイスのように、手当たり次第、男を手玉に取るような性格のヒロインではない。劣等感を抱え積極的になれないグレイスと、攻略対象者の距離が徐々に近づき、ラブ度が上がっていくのが、あのゲームの醍醐味だったはず。

 ゲームの中のグレイスとは全く性格の異なる、見た目だけそっくりな女。

 現実のグレイスに婚約者を(たぶら)かされ、婚約破棄に追い込まれた親しい友人令嬢の泣き顔が、クレアの脳裏に浮かぶ。アイシャとも、共通の友人令嬢。一方的に別れを告げられた彼女の悲嘆にくれた姿を思い出し、腹わたが煮え繰り返る。

(あんな女に大切なアイシャを傷つけられてたまるものですか! ……かと言って、王女である私は自由に動く事は出来ないわね)

 すでに、アイシャにはナイトレイ侯爵家の影の者が付いていると聞く。それに、今後はノア王太子が全力でアイシャの守りを固めるはずだ。

 ただ、アイシャの守りを固めるだけで、本当に彼女の命を守る事が出来るのだろうか?

 アイシャは普通の令嬢とは違い、行動力が並外れている。夢の実現のため昔から突飛な行動を起こす事が多かった。幼少期に騎士団の見学に行き、副団長を師とし剣を学び出した時も、我がまま王女だった過去のクレアに紅茶をぶっかけ、引っ叩いた時も、普通の令嬢ならまずしない行動を起こして来た過去がある。

(おかげで今の私があり、前世の記憶を思い出すきっかけにもなったんだけどね)

 アイシャは、大切に守られているだけを良しとしない。自身の気持ちのまま突き進む令嬢だ。予想外の事件に巻き込まれ、窮地に立たされる気がしてならない。

 胸騒ぎがする。アイシャが私の元から消えてしまうのではないかと……

 アイシャが、この世界と酷似している乙女ゲームの情報を知ることで、危険に飛び込む事を思い止まるなら、己の前世を明かす意義がある。

 前世の記憶が蘇ったのは、アイシャを救うためだったのだろうか?
 アイシャは私が前世の記憶持ちだと知っても変わらず友達でいてくれるのだろうか?

――――きっと彼女なら大丈夫。

 だって、アイシャは規格外の令嬢なのだから……

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