転生アラサー腐女子はモブですから!?
「それで、お前はどんな予知をノア王太子の前で披露したんだ?」

 豪奢な椅子に座り執務机に頬杖をついたドンファン伯爵が、グレイスを睨む。仄暗い瞳を己へと向けるドンファン伯爵の様子に。わずかな違和感を覚える。

(――――あら? この男はどうしちゃったのかしら?)

 いつもの舐め回すような卑しい目つきは鳴りを潜め、暗く(よど)んだ瞳をグレイスへと向けるドンファン伯爵。目の下の(くま)は濃く、今までの傲慢で自信に満ちた姿は見受けられない。

 別人の様に変貌したドンファン伯爵の姿を見て、嫌な予感がグレイスの脳裏をかすめる。

 何か、マズい事でも起きたのかしら?

「ノア王太子に披露した予知ねぇ……、実現するのは簡単よ。いつものように、裏界隈のボスを使って、ゴロツキを数人手配すれば簡単に達成出来る予知よ。アイシャ・リンベル伯爵令嬢とリアム・ウェスト侯爵令息を痴情のもつれに見せかけて殺害すれば終わりよ。晴れて、わたくしは『白き魔女』として認められるわ。二人を殺すだけなんて、簡単でしょ?」

「な、なんて事をしてくれた!! まんまとノア王太子の策略に乗せられおって」

 激昂したドンファン伯爵が執務机を叩き、立ち上がるとわめき散らす。

「グレイス! お前は何もわかっていない!! よりによってノア王太子の近しい人物の予知をするなど、捕まえてくれと言っているようなものだ。しかもアイシャとリアムを殺すだと……、お前は馬鹿なのか!!」

「お、お父さま、何を言っているの。今までだって、今回の予知より難しい案件を成功させてきたじゃない」

「今までの予知とは、訳が違う。王族を相手にするんだぞ!! ノア王太子は持てる権力を総動員してアイシャの守りを固めるだろう。そんな女をどうやって殺すと言うのだ。よくも二人を殺すのは簡単な事だと言えたな! 今や、子飼いのゴロツキですら自由に扱えんと言うのに。私達の悪事が王族に知れ渡った今、逃げねば命も危うい。お前の白き魔女ごっこには付き合いきれん!!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ……」

「うるさい、うるさい!! 白き魔女と言う情報に踊らされ、お前を養女に迎えたのが、そもそもの間違いだった。私は隣国に逃げる。勝手にすればいい。お前との親子関係も、すでに解消した。お前はドンファン伯爵家の娘でも何でもない。白き魔女でもないお前は、役にも立たん。早々に、この家を出て行け!!」

「なんですって!!!! 今さら私を捨てるって言うの! 散々、白き魔女の恩恵を受けて、甘い汁を(すす)って来たじゃない。勝手な事言わないでよ!!」

「私はお前に騙されたのだ。どうせ、幼い時にした予知だって、上手く裏工作していただけだろう。初めから『さきよみの力』など無かった癖に、上手く騙してくれたもんだ。お前さえいなければ私の人生は順風満帆だった。さっさと荷物をまとめて屋敷から出て行け」

 私を使い散々甘い汁を啜った癖に、今さら捨てるなんて許さない。

 この世界の支配者はヒロインである私よ!

 悪役令嬢に操られる下っ端の癖に、ヒロインである私に逆らおうなんておこがましい。私の意思を実行出来ない雑魚なんて乙女ゲームの世界に要らないわ……

 ワゴンに置かれた果物用のナイフが目に付く。グレイスはワゴンに近づきナイフを手に取ると、歩き出す。背を向け窓辺に立つドンファン伯爵は、ゆっくりと近づくグレイスに気づかない。あたかも、初めからこの世界にグレイスが存在して居なかったかのように振る舞うドンファン伯爵の姿に、ドス黒い感情がグレイスの心を満たしていく。

 グレイスこそが、この世界のヒロイン。

 この世に生を受けた時からグレイスの心の中で居座り続けていた凶器が、噴き出した怒りと共に、目を覚ます。

 この世界に不要なのはドンファン伯爵、貴方よ!

 グレイスはドンファン伯爵の背をめがけ、思い切りナイフを振り下ろした。

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