転生アラサー腐女子はモブですから!?
「でも、当時私には愛する人がいた……、その人を遺し、死ぬのがとてつもなく悲しかった。いつか彼は私の事を忘れてしまう。きっと私を忘れ、他の女性と幸せになるだろうと。悲しくて悲しくて仕方がなかった。だから、禁忌を犯してしまったの……」
 
 愛する人に忘れられてしまう現実。
 
 きっとマリアさんは『白き魔女』になど、なりたくなかったのだ。莫大な魔力を持ち、多くの偉業を成し遂げて来たであろう彼女の本心は、ただ愛する人と幸せになりたかっただけなのかもしれない。

 愛する人と結婚をし、子供を産み、幸せな家庭を築くことを夢見る普通の女の子に、なりたかったのではないだろうか?

 そんな些細な夢すら叶わないと理解したとき、そして愛する恋人にすら忘れ去られるかもしれと考えた時、想像を絶する絶望に襲われたのではないだろうか?

 私だったら耐えられない……

「白き魔女は、子を成すと急激に力を失う。でも、彼の子が欲しかった。私が生きた(あかし)を彼の元に遺したかった。結果、私は男の子を生み、数日後に転移魔法を発動させ、あの世界から私の肉体は消滅した。転移魔法は成功し、私の魂を器にし魔力はリンベル伯爵家に生まれる次代の白き魔女へと受け継がれる筈だった。しかし、子を成した事で魔力が不安定になった影響かとんでもない事が起きてしまった」

 顔を覆い、その場へと膝をついたマリアの声が震える。痛いほどの後悔の念が伝わってきて、アイシャの心を震わす。
 
「アイシャ、貴方は日本人としての生を終え、あの世界のリンベル伯爵家のアイシャとしての生が始まる事は定めで決まっていた。そして、私の魂から魔力を受け取り、白き魔女として復活することも定められていた。
 日本人としての生を終えた貴方の無垢な魂が、生と死の狭間に来た。そして、私の魂と混ざり合い魔力のみを受け渡そうとした時、事件は起こったの。貴方の魂と私の魂が融合し、そのままあの世界へと転生してしまった。その影響か、貴方は前世の記憶を残したまま転生することになった。そして、私の魂が融合した事で、一部の魔力が弾き出され、とんでもない影響を及ぼす結果となったの。グレイスとクレア、あの二人も前世の記憶を残し転生した。乙女ゲームの世界に執着していたグレイスと前世の貴方に強い悔恨を残していたクレアの魂を呼び寄せてしまったの」

「だから、あの世界に前世の記憶を持った転生者が三人も生まれてしまったのですね?」
 
「えぇ。結局、私のエゴで貴方達を巻き込み、あの世界を歪める結果となってしまった。アイシャ、本当にごめんなさい。前世の記憶がなければ貴方はあの世界で、もっと生きやすかったでしょうに」

 前世の記憶がなければ、あの世界が乙女ゲームの世界だと思い込み、苦しむ事もなかったのだろうか?

――――いいや、違う。

 前世の記憶があったからこそ梨花にも会えたし、わかり合うことが出来たのだ。

 前世の記憶がなければ、今のアイシャはいなかった。貴族社会の柵に囚われた平凡な令嬢だったかもしれない。

 今まで出会ってきた人達との関係性も変わっていただろう。リアムとの関係も……

「マリアさん……、辛いことや苦しいことも沢山あったけど、前世の記憶があって良かったと思います。そうじゃなきゃ、アイシャとして生きた世界を全て否定することになる。私は、あの世界をアイシャとして生きられて幸せでした。人を愛する喜びを知ることが出来たんだもの」

 アイシャの顔に、自然な笑みが浮かんでいた。

「マリアさん、あの世界へ……、リアムのいる世界へ帰りたいです!」

 その時だった。アイシャの身体が、マリアと同じように青白く輝き出した。
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